「ん・・・薫殿・・・」


ぼーっとした頭で、隣りに眠っているであろう薫殿を抱き寄せる。
如何してこれほどまでに眠たいのでござろうか・・・

あぁ、それはきっと
今朝方まで、薫殿の甘い香りに酔っていた所為でござろう。

いつまで経っても、薫殿は変わらず純情で可愛らしくて。
抱き寄せるといつも最初は決まって身を捩り、少しばかりの抵抗を見せる。

しかし抱きしめて頬に軽く口付けを施せば、段々と大人しくなり
ついには自分に身を任せてくれるのだ。

そして今日も
朝の戯れを求めるべく、薫殿を抱き寄せたのだ・・・が。

何だか今日はやけに抵抗するでござる;;
し…しかも、いきなり小さくなった??



「か ー ち ゃ ー ! ! !」


「え゛ ! ?」



けたたましい剣路の叫び声と、頬にのめり込んだ剣路の蹴りですっかり目が覚めた。
目の前にはメラメラと怒りの炎を滾らせて、こちらを睨みつけている剣路。
 
今日もまた、神谷家で薫殿争奪戦が勃発するのであった。








ち い さ な し あ わ せ








「な…何ゆえ剣路がここに・・・?」


「かーちゃー!!かーちゃー!!か ー ち ゃ ー ! ! !」



てっきり薫殿だと思い込んで抱き寄せたのは剣路。
剣路はというと、まるでこの世の終わりのような顔をしている。

そんなに嫌そうな顔しなくても・・・
未だに拙者がそんなに嫌いでござるか・・・;;?


痛いくらいに突き刺さる剣路の熱い怒りの視線を身体中に受けていると、
剣路の尋常で無い叫び声を聞いて驚いた薫殿が、ぱたぱたとこちらへやって来た。



「どぉしたの;;!?」


「か、薫ど・・・「かぁちゃ!!」…ぐえっ!」



拙者の言葉を遮っただけでなく、腹の上をずかずかと踏みつけ、剣路は薫殿の胸の中に勢いよく飛び込む。
そんなに重いわけでは無いのだが上手に鳩尾を踏んで行ったものだから、苦しさに見舞われ思いっきり咳き込んだ。

そんな剣路を薫殿は叱るものの、剣路が潤みがちな目で薫殿を見つめ上げたら、
薫殿はいともたやすくコロリと落ちてしまって。

次の瞬間には、拙者なんて蚊帳の外。


あぁ、拙者。。。
世界で3番目くらいに不幸な父親でござる・・・。


布団に顔を埋めてしょんぼりしていたら、そのうち薫殿が心配でもしてくれるかと思いきや。
気付けばそこには既に薫殿の姿は無く、慌てて部屋を出ると、そこには剣路の手を引き居間へと歩く薫殿の後姿が。


か・・・かおるどのぉ・・・

このままではいかん。
きっと…いや、絶対良くないでござる。
このまま父親の威厳を保てずにいれば、剣路は将来必ずや非行の道に走ってしまう!

ここは一つ父親として…。
今日一日、少しでも父親らしい事をするでござる!!!





寝間着を着替え、一人気合を入れて薫殿と剣路が居る居間へと向かう。
居間の暖簾をくぐるとそこには既にきっちりと朝食の準備が用意されていて、
盆を引きずりながら、剣路が部屋をちょこちょこと歩き回っていた。



「あ!お早う、剣心。さぁ剣路、朝ご飯にしましょう。」

「あい。」



すると剣路はとたとたとこちらへ走ってきて、手に持っているものをずずいと拙者の目の前に差し出す。
剣路の手の中には、片方一本ずつ違う箸。
どうやら一本は拙者のもので、もう一本は薫殿のものであるらしい。



「ありがとうでござる。」



朝あのような事があったとは言え、やはり自分の子どもと言うものは相当可愛いもので。
箸を持って来てくれただけで感動してしまうのも、やはりそれが剣路であるから。



「見て剣心。剣路ね、お箸がだいぶ上手に持てるようになったのよ。」


「ほぉ、それはすごいでござるなぁ。」



薫殿の作った芋の煮っ転がしを何とか箸で掴もうとする剣路を、側で拳を握りながらじっと見守る薫殿。
二人きりだったときも食事の場は笑顔が絶えなかったが、剣路が生まれてからはより一層この場は明るくなった。

何時の間にか薫殿と一緒になって剣路を応援している自分に気付き、思わず笑みが零れる。
そんな中とうとう震えながらではあるが芋を掴んだ剣路は、落とさないように神経を集中させながら
ゆっくりと箸を口元へ移動させて、それを勢いよく口に含んだ。



「きゃー///すごいすごい、剣路!上手に出来たわね!」


「上手いでござるよ、剣路。その調子・・・剣路?」



急に黙り込んだ剣路を不思議に思いちらりと覗き込んでみると、目の前の剣路は箸を握り締めたまま、
真っ青な顔な顔をして固まってしまっている。
もしや、芋を喉に詰めた!?

驚いて剣路の背中を叩こうとした瞬間、剣路は耐え切れないといったように口の中の芋を拙者の茶碗の中に吐いた。



「剣路ー;;!!?」


「う゛ー…おいじぐない゛…」


「なっ;;///剣路!お母さんが作ったのにっ///」



真っ赤になって怒る薫殿を気の毒に思いながらも、皿に大量に盛られた芋をおそるおそる一つ口に含んでみる。



・ ・ ・ ・ ・ ! ! !
バタッ・・・



「とぉちゃ!?」


「け、剣心;;!?」



こ…これは・・・;;
確かにあまりおいしいとは言えないでござる・・・

何と言うか、この感覚・・・
脳天突き抜ける…とでも言うか・・・;;

強いていえば一気に眠気も吹き飛ぶ、新しい味でござる。



「か…薫殿、あとでもう一度味を付け直そう。」


「うん・・・」


「大丈夫、砂糖を少し焦がし過ぎたのかも知れぬ。何とかなるでござるよ。」



しゅんと下を向く薫殿の肩を慰めるようにぽんと叩くと、剣路もそれを真似て薫殿の頭をぽんと撫でる。
そんな剣路の行為に薫殿はまた剣路の身体をぎゅっと抱き締めて、



「ごめんね、剣路!お母さん頑張るからね!」


「あい!」



作り出される、二人の世界。

一人虚しく放りだされて呆然としながら、
剣路が先ほど飯がまだ残る自分の茶碗に吐いた芋を見つめて、大きく一つため息をついた。









→Next→