コトコト・・・
鍋から白く沸き立つ湯気と、鼻孔をかすめる良い香り。
「よし。そろそろでござるかな。」
手を拭いて、襷をほどく。
人数分の茶碗と箸を用意して盆に乗せていると、向こうの方から身に慣れた気配がゆっくりと近づいてきた。
「ちーっす、剣心。」
その声に振り返ると、そこに立っていたのは弥彦。
大根やら味噌やら、何やら食材を大量に担いでいるようだ。
「お早う、弥彦。如何したのでござるか、その食材?」
「ん?あぁ、此処に来る途中に朝市のオッサンにもらったんだ。っつーことで、土産。」
「それは助かるでござる。すまぬが、その辺りに並べておいてくれ。」
「へーい。」
弥彦が長屋に移ってから、もう三月。
長屋に移ったとはいえ、家族である事に代わりは無いのだから…と薫殿に説得されて
毎日、朝餉と夕餉だけは此処へ食べにやってくるのである。
「毎朝はるばる、ご苦労でござるな。」
「いーんだよ、剣心の飯が一番美味いしな。…てか、薫は?」
「薫殿はまだ眠っているでござるよ。そろそろ起こさねば…。」
「まだ寝てんのか!?しゃぁねぇなぁ・・・;;起こしに行ってくるか。」
そう言って立ち上がる弥彦に、茶碗と箸が乗った盆を手渡す。
すまぬな、弥彦。
薫殿を起こすのは、拙者の役目なのでござるよ。
「弥彦は朝餉の用意を頼むでござる。薫殿は拙者が起こしに行って来る故・・・」
「ん?そうか?分かった。・・・4人分…左之助も来んのか?」
「あぁ、昨日そう言っていたでござるからね。」
居間をぬけて、廊下に出る。
薫殿の部屋とは反対方向に歩を進めて、行き着いた先は拙者の部屋。
居間からは見えない場所に位置しているが、念の為気配を確認。
そして誰の気配も感じないのを確認してから、襖の戸を開けた。
「薫殿・・・」
部屋に一つ敷かれた布団の中で、すやすやと寝息を立てる愛しい人。
意識はまだ夢の中。
枕もとまで寄り添って、名前を呼びながら頬を撫でる。
「ふ…ぇ?…剣心?」
長い睫毛をゆっくりと持ち上げながら、眠気眼で薫殿はそう口にした。
自分の所為で乱れてしまった黒髪を手櫛で梳いてやると、薫殿の腕がすっと伸びて拙者の首に絡みつく。
「おはよ・・・剣心・・・」
「お早う、薫殿。朝餉の用意が出来たでござるよ。」
「うん・・・ありがと・・・。」
「薫殿…風邪をひくでござるよ?」
甘い甘い誘惑に、再び眠りへと引きずり込まれそうだ・・・。
まるでこの身体は金縛りにあったように動かない。
薫殿の柔らかさ、体温、吐息・・・
全てが拙者の理性をなし崩しにして・・・
「やはり、譲れぬな・・・。」
「何が・・・?」
「いや、こちらの話。」
今日もまた、一日が始まる・・・
>>終
御題提供:Riko様
2004.12.26