愛しているとか、いないとか。
きっとそんなことはどうでも良いことで。
それよりも、もっと大きくて温かいものだとか。
もっと切なくて、気持ち良いものだとか。
言葉にできないあれこれが無意識のうちに、私たちの間には成り立っていると思うの。

「あ。」

ある日のできごと。
ずいぶんと前の、出稽古の帰り道。
いつもと同じように重たい荷物をぶら提げて歩いていたら、夕飯の買い出しに街へ出ていた剣心と偶然出会った。

偶然ね。
偶然でござるな。
そんな言葉を交わしていたのは、一体何時までだっただろう。

出先から家まで戻ってくるまでの道なんて、何通りも存在する。
それなのにあえて、毎回毎回同じ道を選んで帰ってくるのは何故?
私は何かを期待して、同じくらいの時刻に同じ道を帰っている。
それはまた、彼も同じ。

今日はこの道で帰ってくるね、なんて、そんな会話など交わしてはいないのに。
彼はいつも、きまった時刻にそこにいる。
「おかえり」と笑って、夕飯の買い出しに来たのだと、ごく自然な口調で話す。
そして当然のように私の荷物を持ってくれるのだ。

二人の間に約束がなくても、二人の間に確かなものがなくても。
信頼はいつの間にか成り立っていて、いつの間にかそれが普通になっている。
私が少し遅れても彼はそこで待っていてくれるし、私が少し早く着いてしまっても、待っていれば必ず会える。
簡単な言葉で置き換えることのできない温かい何かが、いつのまにか、私たちの間に存在しているのだ。

「ただいま!」
「おかえり、薫殿。」

ほら、また。
彼はにっこり笑って、私を出迎えてくれる。
そして私に荷物を降ろさせて、その荷物をいつものように軽々と持ち上げた。

長く続く道のずっと先を見つめながら、他愛のない話をする剣心と。
同じように道の先を見るふりをしながら、どうしても彼の横顔が気になってしまう私と。
歩きながらも常に一定の間隔が保たれている二人は、こんなに傍にいるのにやはりどこかよそよそしい。
とは言え、何とかしてこの距離を縮めたい訳でもなく、彼に触れたい訳でもなく。
少々もどかしい気持ちを覚えつつも、結局は何の変化もないまま、いつもと同じ帰路を辿っていた。

と、そのとき。

指先に、気のせいかと思うような、かすかな感覚。
一瞬だけ触れてすぐに離れた何かは、私が反射的に視線を彼に向けたと同時に、私の指先をしっかりと包み込んだ。

「……っ!」

驚いた。
というのも手を握られたことに驚いたのではなくて、手を握られたことで、私の心臓がこれほどまでに大きく飛び跳ねたことに驚いたのである。
心臓がドクドクと音を立てて、身体中が燃えるように熱くなる。
ついには彼の後ろ姿でさえも直視することができなくなって、耐えきれずに視線を下へ移した。

「薫殿の手は、あったかいでござるなぁ。」

呑気に笑う声にも、今はもう反応する余裕がない。
こんなに焦る行為がいつの間にか普通になってしまうだなんて、きっとこの時の私は思いもしなかった。

愛しているとか、いないとか。
そんな言葉はきっと、必ずしも必要ではないのだ。
それよりも、もっと直接的な感覚だとか。
肌を通して伝わる、熱だとか。
触れてみないと分からないことが、数え切れないほどに存在していると思うの。




>>終
2009.02.14

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