「ぱーっと遠出したいなぁ・・・。」
「遠出・・・でござるか。京都とか?」
「ううん、もっともーっと遠く!」
「京より遠く…でござるか?それは相当な旅になりそうでござるなぁ。」
隣りに座る剣心の肩にころんと頭を乗せて、薫はぽつりと漏らした。
そんな薫の仕草に剣心はふわりと微笑んで、手に持っていた湯呑みの中の渋めの茶を啜る。
場所は縁側。
ここの間ずっと続いた寒さも少し収まりを見せ始め、今日は柔らかな光が暖かい。
「だってね、日本は広いのよ?貴方も私もまだまだ若いんだから!色んなところを見てみたいと思わない?」
「薫殿、左之みたいでござるよ。」
何で私があいつと一緒なのよ!?と薫は顔を真っ赤にして剣心の両頬を軽くつまむ。
剣心は薫がそんな風に、何に対しても一生懸命に向かっていく事を十分に知っているからこそ
このようにからかうことをやめられないわけで。
ははは。といつもの調子を崩さずに穏やかに笑いながら薫の沸騰した頭をぽんぽんと撫でると
その行為がまた、薫の怒りを助長させるわけで。
縁側でじゃれあう、誰が見ても中睦まじげな男と女。
そのうち男は向かい合う女の身体をそっと抱きしめて、そのまま仰向けに寝転ぶ。
そうして倒れこんだ剣心の胸元に顔を埋めて、薫はそっとその目を閉じた。
その瞬間、世界はまるで二人だけのような気がして。
この広い日本も、日本を越えた未知の世界でさえも、自分たちを中心に回っているような感覚に襲われる。
「静かね・・・」
「あぁ・・・」
薫の耳に響いてくるのは、ゆるやかな律動で繰り返される剣心の心臓の音だけ。
それはまるで子守唄。
その音は彼が生きている証拠。
温かくて、優しくて。
ふわっと包み込むように、身体の中に響いてくる。
「薫殿。」
「・・・なぁに?」
「…今眠りかけていたでござろう?」
「ちゃんと起きてますッ;;」
「本当にー?」
「本当よぅ;;」
小さな笑い声を零しながら、剣心の手が優しく薫の耳をくしゃりと撫でる。
その度に僅かにこの身体は震えて、
それに気付いた彼の手はまるで薫を落ち着かせるかのようにそっと背中を撫でていく。
「遠出の話。六月は如何でござるか?」
「六月?まだ三月ほどあるじゃない。どうして六月なの?」
「六月は・・・拙者と薫殿の誕生日でござろう?」
剣心がそう言った途端、薫ががばっとその身体を起き上がらせた。
瞬間、薫の肘が剣心の鳩尾に食い込んで、剣心の口から思わず苦しさを訴える声が漏れる。
「約束ね。絶対に。六月になったら行こうね!」
「はいはい。心配せずとも、拙者の言い出した事でござるからね。」
「よーし!そうと決まれば、どんどん出稽古に行って資金を貯めるわよ!今からでも準備しなくちゃ。」
「あ、薫殿。」
薫の後頭部がそっと剣心の掌に包み込まれたかと思うと、次の瞬間ぐるっと天地が引っくり返る。
めまぐるしい視界に付いて行けず薫が呆気にとられていると、
やっと落ち着いた目の前にはいつもと同じように柔らかく微笑む剣心の姿が。
「その遠出はきっと泊まりになるだろうから。そのときまでに、心の準備もよろしく。」
「ぃ゛・・・・・っ///;;!!!??」
庭先に残る雪は溶け、もうすぐ春がやってくる。
もうすぐ二人の誕生日。
その日にきっと、何かが変わる。
>>終
御題提供:月乃様
2005.3.15