強い日差しと、背中にじんわり滲む汗。
つい先ほどまで良い具合に雲に隠れていた太陽が徐々に姿を現し、次の瞬間その日差しは一直線に自分へと向かう。
眩しそうに太陽を一睨みした剣心がその日差しから逃げるようにして早足で縁側へ寄ると、そこにはそんな彼の姿を見てにっこりと微笑む薫の姿。
身体を少しだけ後ろに倒した薫の隣に腰を下ろした剣心は、横に居る薫をじーっと見つめたまま黙り込んでしまった。
「なぁに?」
「……いや、大きくなったなぁ…と。」
未だ実感が沸かない。
こうやって実際に変化を目の当たりにしても、そこに生命があり、なおかつその生命に自分が関わっているということに対して実感が沸かないのだ。
細かった彼女の身体は現在少しだけ丸みを帯びていて、とりわけ腹部の変化に至ってはそれはもう顕著である。
しかしながら丸みを帯びたとはいえ相変わらず細い彼女にその膨らみは至極不釣合いであるから、やはりこの現実が自然なものであると受け入れることは至極難しい。
両手で抱えていないともげ落ちてしまいそうな大きな膨らみは、神聖なものであるようにも思えるし、全く違ったものであるようにも思える。
ただ、愛おしそうにその膨らみを撫でている薫を見ることが、剣心は好きだった。
「…っ、痛ッ!」
「え、え…?薫殿!?」
「あ、違う違う!大丈夫よ。この子ね、すごく元気なの。」
小さく響いた悲鳴に慌てて剣心が立ち上がろうとすると、薫は脇腹の辺りを押さえながらそっと剣心の動きを止める。
心配そうに覗き込む剣心に、普段からよく蹴る子ではあったが最近はその威力に磨きがかかっており、一蹴りで鈍痛が走るとのだと薫は苦笑いを浮かべた。
しかし剣心にしてみれば、それもいまいちよく分からない。
赤子が蹴るのは、腹ではないのか?
それなのになぜ、彼女は脇腹をさすっている?
一たび考え始めるとこの不思議な存在の正体がますます分からなくなってきて、ぼんやりとした不安が頭の中を支配する。
そして遂に剣心は、膝の上で拳を握り締めたまま動けなくなってしまった。
「……ね、剣心。剣心も触ってみる?」
「え?」
剣心が言葉の意味を理解するより早く、薫は固く握り締められていた剣心の手をやんわりと解くと、その甲に自分の手を重ねてそっと腹部へあてがう。
するとそんな二人の様子を読み取ったのか、中からはまるで不安を吹き飛ばすかのような元気な返事が返ってきた。
「ね、元気でしょ?」
答えの無い何かを理解しようと必死になっていた自分を怒鳴りつけるような、驚くほどに力強い一撃。
瞬間、自分の中を何かが通り抜ける。
このいのちは、自分たちだけを頼りにして生まれてくるのだ。
一体自分は今まで何にこだわっていたのだろう。
「本当に。薫殿にそっくりでござるな。」
いのちの存在を感じた瞬間、何故かとても嬉しくなって、すぐにでも会いたくなって。
熱くなっていく頬を隠しながらそう言うと、目の前の彼女はとても可愛らしい顔をして笑った
ただでさえ暑いこの季節。
加えて膨らみの圧迫の所為で上手く眠れていない彼女は、少なくとも辛さを感じているであろうにそのようなことは一切口にしない。
実際には自分の方がうんと年上であるのに、なんと情けない話であろうか。
それでも日々綺麗になっていく彼女を目の当たりにして、やはり女は男とは比べ物にならぬほどしたたかなのだと感心させられたのであった。
>>終
2008.05.08
「いのち」と「いのち」