ふわり ふわり 危なげで
でも貴方に包み込まれるように温かい。
それはしゃぼん玉色の記憶
貴方を初めて抱きしめた
淡くて脆くて、曖昧な記憶
日中太陽が姿を隠す事の無い、ある暑い夏の日。
耳には蝉の声が何度も何度もこだまする。
ここのところずっと暑さは衰えを見せず、眠らぬ夜が続く所為か日に日に体力は大幅に消耗していた。
貴方が此処へ帰って来て、3日目の朝を迎える。
貴方が眠り続けて、もう3日。
霞む視界に浮かぶ貴方を、目を凝らしてじっと見つめた。
この3日間ずっと握り締めた手は、握り返してはこないものの、とても温かい。
それは貴方が生きている証拠
身体中傷だらけで、細い呼吸だけが静かに響く。
ずっと押し黙ったままの貴方。
声も涙も、とうの昔に枯れてしまった。
考える力も残っていない。
しかしながら、頼りない何かを信じて、手だけはずっと握り締めている。
目を覚まして
声を聴かせて
瞳に光を宿して
渇いた喉を潤して
今朝桶に張った冷たい井戸水は、一刻もしないうちに体温と同じくらい温くなってしまった。
もう何日も食べ物を口にしていないというのに、背中にはじんわりと汗が滲む。
一向に目を覚まさない貴方を目の前にして、私は果てしなく長い時間が流れたような感覚に見舞われて。
もうどれだけの間、貴方の声を聞いていないのかしら?
そして、貴方の笑顔を・・・。
私の声は届いている?
あの約束を覚えている?
みんなで・・・一緒に・・・
「け・・・し・・・っ」
目を覚まして
声を聴かせて
「け・・・・ん・・・・っ」
瞳に光を宿して
「け・・・・・しんっ・・・」
渇いた喉を潤して
ほら、貴方の名前さえも呼べない。
枯れた筈の涙が ぽたり 零れ落ちた。
熱い涙は頬を伝って、剣心の身体の包帯に染み込んでいく。
「や…だ、これじゃほ・・・たいだめになっちゃ・・・・」
ぐっ・・・
流れる涙を拭おうと握っていた手をそっと離そうとしたとき
握り合わせた手に強い力が入った。
瞬間、静かに眠っていた剣心が苦しそうに身を曲げて咳き込む。
「け・・・しん?・・・け…ん・・・しん?」
「っ・・・はぁっ…はぁっ…は・・・、・・・か…ぉる…どの?」
彼の瞳の中に私を見た。
一瞬驚いた表情を見せた彼はひどく疲れた顔で、それでも柔らかく微笑んで私の名を呼んでくれた。
「た・・・だい…ま・・・」
「ぉ・・・かぇり・・・なさ…ぃ・・・っ」
剣心の笑顔を見たら、ほっとして
思わずその痛々しい身体を抱きしめた
そしてそのまま倒れるように気を失ってしまった私の頭には
あの日の記憶があまり無い。
ふわり ふわり 危なげで
でも貴方に包み込まれるように温かい。
しゃぼん玉色の記憶は
淡くて脆くて、切ない記憶
>>終
2005.4.1