久しぶりに出稽古も無く、勿論の事神谷道場での稽古も休みで。
普段の疲れを癒すべくゆっくり過ごすと言っていたのに、無いなら無いでどこかつまらないらしい。
先程から隣りで前屈やら何やらしながら、しきりに「暇」という言葉を零している。
こんな日に限って来客も無く、とりわけせねばならない事も無い。

「まぁまぁ」となだめても、彼女は何かをしたいようで。
余程身体を動かすのが好きな性分なのだろう。
遂には拙者の着物の裾まで引っ張り出した。

そんな風に・・・両手で裾を引っ張って目を伏せられたら
何か事を提案しなくては、こちらが落ち着かないでござろう?


うーん・・・と無い頭を絞ってあれこれ思い巡らせていると、ふと先日見かけた早咲きの桜の事を思い出した。
近くの川べりに咲いている桜。
川べりは暖かいから、桜を始めとする花々がその蕾を開けやすいのだ。

桜を見に行こうか。と薫殿に持ちかけると、即行
うん!という言葉が愛らしい笑顔とともに返って来た。

その笑顔にほっとしつつ、いそいそと支度を始めた薫殿を連れて、ここまでやって来たというわけである。




「綺麗!もうこんなに咲いてるのね!」

「川べりは暖かいでござるからね。足元、滑らぬように気をつけて。」

「はーい。あ、見て剣心!」




僅かにふわりふわりと舞う桜の花びらの合間を縫いながら、
くいくいと裾を引っ張って薫殿の望むところへ連れて行かれる。

とても嬉しそうな顔。
先程とはえらい違いでござる。




「桜の花びらが地面に落ちてしまう前に手の中に閉じ込められたら、願いが叶うんだって。」

「何か願いでも?」

「それは秘密。でも、まだあまり降ってこないわねぇ・・・」

「まぁ、まだ咲き始めでござるからね。そのうちあっという間に降るでござるよ。」




そうね。と微笑みながら薫殿が振り返った瞬間、二人を暖かい突風が包み込む。

ふわり
ふわり

薫の髪を躍らせる桜気流

突然の風に思わず目を細めた薫の周りを、桜の花びらが舞っていく

それを見た瞬間、思わず喉が鳴った。

心臓は大きく音を立て、身体中を甘い痺れが走る。




「吃驚した…すごい風だったわね。・・・剣心?」


「え?…あ、あぁ。」


「どぉしたの?ぼーっとしちゃって。」


「いや…。薫殿には桜が似合うなぁ…と思って。」


「や、やだっ///」




薫殿は赤くなった顔を手で覆って、ぱっと視線を下へずらす。
そんな薫殿の行為を見て、初めて自分が物凄い事を口走ってしまった事に気がついて、少し恥ずかしくなった。

しばらく俯いていた薫殿は何かに気付いたのか、拙者の顔を見て大きな瞳を一層大きく開かせる。
そして慌てて駆け寄ってきたものだから、一瞬何が起こったのかと少し後ずさりしてしまった。

伸びた薫殿の両手が、拙者の前髪の少し上を捉える。
薫殿が何をやっているのか分からずに、ただただ固まってしまっていると、嬉しそうな薫殿が
重ね合わせた両手をゆっくりと拙者の前に差し出して、開けたそこには薄桃色の一枚の桜の花びら。




「これも一応地面に落ちる前だから、良いよね?」




そう言って微笑んだ君はとても可愛らしくて

自分の頭に降り落ちた桜の花びらを大事そうに家に持って帰るその姿が

何故か何処か、たまらなく愛しかった。









>>終

御題提供:笹様
2005.3.24