「薫ちゃん!」
街中で突然名前を呼ばれて、吃驚して振り返る。
少し遠いところから一生懸命走り寄って来るあの人は・・・。
「弥生…さん?」
「久しぶり、薫ちゃん!元気そうね。」
「お久しぶりです、弥生さん。弥生さんもお元気そうで何よりです。」
父の知り合いの娘さんの弥生さん。
私より3つ上なのだけれど、昔はよく私の相手をしてくれた、とても優しいお姉さん。
ただ父が亡くなってからは、自然と交流は途絶えてしまったのだけれど。
隣町に住んでいるのだから、会うことがあってもおかしくはない。
「薫ちゃん。頑張ってるんですってね、道場。昔から剣術好きだったものね。」
「はは///私にはそれしか出来ませんから;;」
「それと、男の人と住んでるって本当?」
「え゛///!?え…えぇ、まぁ;;」
「なかなかやるじゃない。今度紹介してね。」
弥生さんがふわりと微笑むたびに、白い頬に窪みが出来る。
昔から綺麗な顔立ちをしていたけれど、やはり年を迎えると華は一層艶やかさを増すというもの。
本人こそ気付いていないものの、すれ違う人々が男も女も関わらず振り返っていく。
「弥生さんその桜色のリボン、綺麗ですね。すっごく似合ってる。」
「あ、これ?ありがとう。…これね、夫に貰ったものなの。」
「え?弥生さん、もう嫁いで…?」
「えぇ、半年ほど前。親に決められた相手とだけれどね。」
そう言って切なげに微笑んだ弥生さんはそっと下を向いて、少し大きな石に腰を降ろした。
私にも座るよう促すので、頷いて弥生さんの隣りにそっと腰を降ろす。
「家の為に…結婚するなんて、絶対に嫌だった。顔も知らない相手とよ?
私は親の道具じゃないわ。そう怒りをぶつけて。
でもね。
その人、凄く優しかったの。」
「旦那…さん?」
「えぇ。
不器用で照れ屋でちょっと抜けてて。
でも、凄く凄く優しいの。
だから、今はとっても幸せ。」
「・・・良かったですね、弥生さん。」
「えぇ。」と言って微笑んだ弥生さんの表情が頭の中に焼きついて。
何ともいえない複雑な気持ちで、帰り道をとぼとぼと歩く。
「ただいま。」
「お帰り、薫殿。」
新時代・明治。
時代は姿を変えても、風習は昔と依然姿を変えていない。
家制度に縛り付けられて、想いを遂げられぬ人がこの世に一体どれほど居るのか。
そんな中、私は・・・
「ねぇ、剣心。剣心は今・・・幸せ?」
「おろ?」
「幸せ?」
剣心は一瞬目を丸くしたが、少し考えた後すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
その表情を見た瞬間、この胸の奥はきゅっと締め付けられるように苦しくて。
「幸せでござるよ。」
その答えに満たされる。
「私も・・・幸せ。」
弥生さん。
彼も掴み所が無くて、変な所不器用で、天然だけど
すごくすごく優しいの。
笑顔が温かいの。
だから私も
とてもしあわせ
>>終
御題提供:秋桜様
2005.1.22