「いってーな、ブス!!」

「なんですってー!?」





凛とした冬の道場には不釣合いな怒鳴り声。

口喧嘩はいつしか竹刀を交えた肉弾戦となり、なかなか腕を上げてきた弟子に師もほとほと手をやいている様子。

しかしながら女だとは言っても師と言うだけに、やはりそこそこ腕が立つのだから
結局のところは師のほうが一枚上手なようで。

自分の剣を紙一重でよけて僅かに体勢を崩した弟子の襟元をすかさず掴んで、
流れるような綺麗な型を見せながら、一本背負いの形でその軽い身体を凍った床に投げ落とした。





「っ〜・・・・!!」

「あんたの負けよ、弥彦。大人しく買い物に行って来て頂戴。」

「た…っ、たかが買い物ごときで本気出しやがって!」

「あら?私は貴方の師匠よ?師匠は弟子に対していつでも本気で取り組むのが、世の常ってものだわ。」



途中まではそこそこ薫と対等に剣を交えあったにも関わらず、
最後は体術であっけなくやられてしまった弥彦は、晴れない悔しさに眉間にしわを寄せながら
負け犬の遠吠えのごとく、最後に言葉を吐き捨てた。



「そんなだから、剣心にも相手にされねーんだよ!」

「そ///それとこれとは関係ないでしょう///!?」



羞恥のあまり反射的に振り下ろしにかかった竹刀をあっさりと避けて、弥彦は財布を持って道場を飛び出していく。



「弥彦、待ちなさいっ///!!」



慌てて門のところまで追いかけたものの、みるみるうちに米粒ほどの大きさになっていく弥彦の後姿を見て
途端に追いかける気力を失ってしまった。

しかしこの胸の中に篭るわだかまりはちょっとやそっとのことでは逃げていく様子も無く。

仕方無しに道場でもう一汗流して、胸の底に沈殿した心の靄を晴らすことにした。





ビュッ・・・ビュッ・・・





柔らかい肘の関節を最大限に活かしてしなやかに竹刀を振り下ろすと
竹が虚空を斬る音が、凛と張り詰めた空間を震わせる。

僅かに感じるこの空気の波動がとても心地良い。





「お見事。」





「剣心!」


驚いて入り口を見やると、そこには二人分の茶を持ってにっこりと微笑む剣心の姿。
どうやら休憩をしようと、持って来てくれたらしい。





「何やら今日は剣先が鋭いでござるな。弥彦と喧嘩でもしたでござるか?」


流石は剣心。
読みが鋭い;;


「う…うん;///実は・・・」


そこまで言って、不意に黙り込んでしまった。


自分は今一体何を言おうとしたのか。
何を口走るつもりだったのであろうか。


「あ…;;え…っと、何か久しぶりに派手にやっちゃった;;」


直接の理由を、苦笑いで誤魔化す。
「剣心に相手にされない事をからかわれたから」なんて恥ずかしい理由は、口が裂けても言えるはずが無い。



「薫殿、その左腕・・・」


「あぁ、これ?弥彦の剣を避け切れなくて、思わず腕で受け止めちゃったのよ。」



剣心が指差した所は、痛々しく赤く腫れ上がっていた。
この赤い腫れこそ、弥彦が一瞬体勢を崩した理由。

さすがの弥彦も女の身体に太刀を入れてしまったことに、『拙い』と感じたのであろう。

でもあんなぐらいで隙を作ってしまうようなら、昇進はまだまだね。



「全く。仕様の無い御仁でござるなぁ・・・。」



ため息混じりにそう言うや否や腫れあがった腕を見ようと、すっと剣心が近寄るのに気付いた薫は
一瞬鼻孔を掠めた剣心の匂いに驚いて、さっと後ろへ後ずさった。



「薫殿?」


「え?あ…///だ…大丈夫よ!大丈夫だから。」


「大丈夫ではないでござろう?いいから見せて」


「わ…私、汗一杯かいて汗臭いし…っ///」


「それこそ大丈夫でござるよ。」


「大丈夫じゃ無いーっ///」



近寄っては後ずさって、近寄っては後ずさって・・・
幾度と無く繰り返される亀のような動きに、とうとう薫は壁際まで追い詰められる。

もう逃がさないといった剣心の剣幕にとうとう薫も折れて、大人しく腫れあがった腕を差し出した。

すると腕を看るのかと思いきやいきなり薫の身体を腕に抱いて、よっこらせと身体を持ち上げる剣心。





「け…剣心っ///!?」

「どのみちここで手当ては出来ぬ。ということで、ここは一端薫殿の部屋へ。
一昨日の出稽古でこしらえてきた左肩の青痣の理由も、じっくり聞かせてもらわねばなるまい。」





気付かれていたのか…;;
夜だから分からないだろうと、高を括った自分が浅はかだった。



無言で廊下を歩き続ける剣心にどうして良いか分からず、行き場の無い手を胸の前で組み合わせる。

おそるおそるちらりと見やった剣心の顔は一見怒っているようで、でも何となく嬉しそうで。

どちらかといえば、後者の方。
この顔を弥彦に見せてやりたい。












静かな音を立てて開く、私の部屋の障子

弥彦が買い物を終えて帰宅するまでの、僅かな時間

艶やかな空気が、神谷家のある一室に蔓延する。





>>終

2005.2.7