「母ちゃはどうして父ちゃと結婚したの?」



剣路の着物にぽっかりと空いた穴を縁側で繕っていると、向かいに座ってじっと私の手元を眺めていた剣路が突然そんなことを言い出した。
あまりにも唐突なものだったから私も吃驚してしまって、思わず口は開けたものの、声が出てこない。
そしてそれは庭で洗濯物を干してくれていた彼にとっても同じであったようで、もっとも彼の場合は折角綺麗に洗った洗濯物をばさばさと地面に落として砂まみれにしてしまっている。
そんな彼に対して剣路はといえば、慌ててそれらを拾い上げる彼を一瞥しただけで、すぐさま私に向き直っていた。
こういうところ、素直だと言って良いのかどうか……。
とにもかくにも、なかなか困ったものである。



「ど…、どうしてって……」

「父ちゃに土下座されたの?」

「えええ!?」



ど、土下座……。
剣心は既に疲れきっているようで、物干し竿の下で崩れ落ちてうなだれている。
一語一語を歯切れ良く、しかも大きな声で話す辺りを考えると、きっとわざとやっているのだろう。
どうしたものかと、頭が痛い。



「そりゃあ……お父さんの事が好きだったからよ?」

「でも、父ちゃは母ちゃよりだいぶ年上でしょ?それなのに結婚しようと思ったの?」



あああ……!
剣心が…剣心が地面にのめり込んでいる…!

どうしよう。剣心の今後の威厳を保つためにも、ここで一つ私が剣心の良いところを見せておかないと。
何か剣路が納得するような理由を……り…ゆう…を。

……というか。
理由なんて今更聞かれても。
好きだったからと言ってしまえばそれまでで、結婚してからもそれまでの生活とは別に変化はなかったし、私たちの場合恋だの何だの言う前に既に一緒に住んでたし。
好きになったのもきっと私のほうが先で……、というか剣心は本当に私と結婚したかったのかしら?
いや…、何だか私が剣心に迫って、同情で結婚してくれた感じも否めないような……。

……剣心は、どうして私と結婚したんだろう。



「ねぇ、剣心。剣心はどうして私と結婚したの?」

ド ガ シ ャ 。



何気なく、ただ少し気になって聞いてみただけなのに、彼にとってみれば相当な打撃であったらしい。
折角干した洗濯物を竿ごと地面に落として、完全に崩れ落ちてしまっている。
しかもよくよく見てみれば耳まで真っ赤で、そこで初めて「ああ、これは彼の苦手な分野であったのか。」と気づいて。
干すのを断念したのか、泥まみれになった洗濯物たちを一旦全て回収した彼は、それらを一度竹かごの中にまとめ入れて、がしがしと頭を掻きながらこちらへやってきた。



「……………」

「……お疲れ様。」

「……また後で洗いなおすでござる。」

「……そうね。手伝うわ。」

「……うん。」

「……………」



おそらく色々と考えてはいるのだろう。
その証拠に、いつもにこやかな彼の眉間にはどぎつい皺がよっていて。
私の隣に腰掛けて、あーでもないこーでもないと何やら呟いている彼が、異常で怖い。



「……あの、剣心は……、同情で私と結婚してくれたの?」

「怒るでござるよ。」

「な、ちょ、ちょっと冗談で言ってみただけだもん。」

「それでも怒るでござる。」



それとなく聞いてみただけなのに本気で怒る剣心に、私はとんでもなく悪いようなことをした気になって。
針と着物を横に置いて俯いたまま何も言えないで居ると、私の膝にふにふにと剣路がよじ登ってくる。
膝から落ちないように私の肩をしっかり掴んで抱きついてくる剣路の体温を感じているうちに、じわじわと熱くなってくる目頭。
視界がぼんやりとし始めたとき、隣に腰掛けていた剣心が剣路をひょいと抱き上げて、自分の膝の上に座らせてしまった。



「剣路は母ちゃが好きでござるか?」

「うん!」

「そうか。母ちゃは昔っから元気な人でな。弥彦にーちゃんとも、それはそれは毎日のように大喧嘩を……」

「……稽古って言って頂戴。」

「おろ。まあ……そのように毎日大暴れしていたのだけれど、昔からとてもとても優しい人でござった。」



ふと、彼の口から飛び出した言葉。
吸い取られるように視線を移した先には、こちらを見てにこにこと微笑む彼の姿があった。
呆気にとられている私を剣路は不思議そうに見つめていて、そんな剣路の前髪をそっとかき上げた剣心は再び笑う。
けたたましく鳴り響く心臓の音がうるさくて、周りの音が聞こえない。



「昔に一度…父ちゃは少し無理をして、風邪をこじらせて…寝込んでしまったことがあってな。そのときかお…母ちゃは、目を覚ました父ちゃの顔を思いっきりひっぱたくわ、泣き喚くわで。」

「す、すみません……。」

「そのときも具合が悪いことに一番に気づいてくれたのは母ちゃだったのだけれど……。目の前で思いっきり泣かれて、心配されて。誰かにそんな反応をされたのは初めてだったから、正直それがとても嬉しかった。」



そう言った剣心に髪をそっと撫でられた瞬間、身体中が燃えるように熱くなった。
聞いたのは自分なのに自分の頭がついていかなくて、額に思わず汗が滲む。



「誰にも譲れない…そう思ったから、父ちゃが結婚して欲しいと頼んだのでござるよ。」

「父ちゃ、土下座したの?」

「どうだったかなぁ……母ちゃは人気者でござったから、土下座もした…でござるかな?」

「け、剣心!」



『土下座なんかしていないじゃないの。』と言おうと詰め寄った私の口を、何を思ったのかにこにこと微笑みながら塞ぐ剣心。
すると剣心の答えに満足したらしい剣路は「やっぱり!」と言って剣心の膝の上から抜け出し、そのまま近所のお宅へと遊びに行ってしまった。

剣路の背中を見つめながらひらひらと呑気に手を振りつづける剣心と、呆気にとられたままの私。
今後の為にと思い剣心の良い所を見せておきたかったのに、結局いつものところへ戻ってしまっている。



「……剣心。」

「ん?別に嘘は吐いていないでござろ?」

「土下座なんてしてないじゃないの!あんな答え方じゃ…剣路が誤解しちゃうじゃない!」

「まあまあ、良いではござらんか。剣路にとって、薫殿は自慢なのでござるよ。」

「わ、私は……っ」



まただ。
また、この笑顔。
この笑顔を見せられたら、どうしようもなくて、何も言えなくて。
結局私は言いくるめられて、彼には適わない。



「……剣路は剣心の事が大好きなんだからね。忘れないでね。」

「あはは。あい、分かった。」

「……わ、私も!…剣心の事が…、だ、大好きだからね!ちゃんと…覚えててね!」

「それはもう随分と前から承知の事。本当に可愛い御仁でござるなぁ。」

「………ッ!!もう二度と言わない!」

「おろ。」



そっぽを向いた私の機嫌をとろうと、剣心が後ろで一生懸命何かを話している。
ちょっとやそっとで怒ったりしないけれど、顔が真っ赤なままでは示しもつかないので、もうしばらくは顔を背けておくことにした。



どんなに小さな思い出も、ちゃんと大切にしてくれている貴方が好き。

またいつの日かこの縁側で、二人で色んなことを思い出せたら素敵だな…って。

焦ったような、喜んでいるような――色んな感情が混ざったような可愛らしい貴方の笑顔を見ながら、そんな事を思った。








>>終

2008/03/21

♪想い出は いつも キレイだけど♪この後イチャイチャしているところを忘れ物を取りに来た剣路くんに目撃され、ヒムラ氏はますます嫌われましたとさ。(ちゃんちゃん)