暗い・・・暗い世界

何も無くて…何も見えなくて、感じなくて

それなのに ゆっくりと下へ沈んでいく感じ

上も下も右も左も分からない。

下へ沈んでいるのか、上に引っ張りあげられているのか
どこが地上でどこが底でどこが出口なのかも。



あ な た は ど こ ?

わ た し は だ ぁ れ ?




















「・・・・・・っ!!」


目の前が一気に明るくなる。

夕方。
薫は眩しい西日の差す、部屋の隅で目を覚ました。


はぁっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・っ・・・


どうやらいつの間にか、居眠りをしていたらしい。
太陽は西の方角へ随分と傾いている。

幻覚の世界から急に現実に引き戻された頭が、重くて痛い。
未だ大きく鼓動を響かせる心臓と、背骨に沿うように滲む脂汗。
そして背中を駆け上がるような寒気と、これまでに見たことのない程ひどい粟立った肌。

ようやく呼吸が収まりを見せかけて、薫は乱れた前髪を僅かに震える手でかき上げた。


すると
目の前にはまさに羽織を掛けようとする状態で、驚いた表情を浮かべ固まってしまった一人の男の姿が。


「剣・・・心」

「…だ…、大丈夫でござるか?すごい汗でござるが…」

「ん・・・ちょっと…変な夢見ちゃった…。」

「おろ。まぁ変な時間帯に眠ると見る、と言うでござるが;;」


どこからか取り出した手拭いで薫の額の汗を拭いながら、剣心が言う。
すると薫はふっと目を閉じてまだ荒々しい心臓を静めるべく、小刻みな呼吸を繰り返した。


「顔色が悪いでござるな。何か温かいものでも飲めば落ち着くでござろう。ちょっと待っ・・・」


そう言って立ち上がろうとした剣心の袖を薫がぎゅっと掴む。


「もうちょっと…ここに居て?今は一人になりたくないの・・・」


か細い声でそう漏らした薫の手は震えていて。
剣心は目を閉じたままひたすら小刻みな呼吸を繰り返す薫の身体を、自分の胸元へそっと包み引き寄せた。


「大丈夫。大丈夫でござるよ、薫殿。」

「だ・・・め…っ。安心する…と、思い出しちゃう・・・」

「ならば、思い出す前に眠ってしまえば良い。大丈夫、ほら薫殿。拙者の心臓の音が聞こえるでござるか?」

「・・・・ん・・・」

「拙者の心臓の音に耳を澄ませて。拙者の体温を感じて・・・?」








そして暫くの後、薫の肩の力がふっと抜けたかと思えば、そのまま薫の身体は剣心の元へ倒れこんだ。
剣心はその身体をしっかりと抱きなおして、顔に張り付いてしまった長い黒髪をそっと取り払う。


「ほんの少しの間も…目が離せぬでござるな・・・」


そう言って微笑んだ剣心の表情は、山裾に沈みにかかった夕日に溶けていく。



薫が次に目を覚ますのは、優しい優しいぬくもりの中・・・



>>終

御題提供:翼様
2005.3.11