空の色はあの日と変わらず
眩しいくらいの太陽の光が、容赦なくこちらへ光を浴びせ掛ける。
弥生も半ばを過ぎた頃、だんだんと気候も春めいて
川べりの桜はぷっくりと膨らませた蕾を、少しずつ開かせ始めていた。
あの日と何等変わらない。
極々平凡で幸せな毎日。
「薫殿。」
「剣心!」
「すまぬ、少し待たせてしまった。」
「ううん、丁度今終わったところよ。お迎えありがとう。」
早朝からの出稽古は、昼過ぎにお開き。
何でも前川一門で、少し遠くのほうまで遠征に出掛けるのだとか。
昼にはここを発たねばならないので、それまで薫にせめて最後の一押しの稽古をつけてくれるよう頼んでいたようだ。
そんな一見都合の良い様にもとれるあちらの要求を、快く引き受けてしまうのがこの御仁の良い所。
本当に朝早くから出ていた為、せめて帰りは…ということで剣心が道場まで迎えにきたのだった。
にこにこと笑顔を絶やさずいつもの調子で嬉しそうに語る薫の防具一式を、何とは無しにひょいと持って変わる剣心。
そんな彼のさり気無い優しさに気付いて、薫の頬に小さな窪みが出来る。
「こんな風に一緒にこの道を歩くのは、久しぶりね。」
「そうでござるなぁ。」
剣心と歩いて帰るのが、余程嬉しいのか。
くるくると回るように歩く薫の足元が、気の根に絡まりやしないかと剣心の内心は穏やかで無い。
それにしてもいくら春めいてきたとは言え、胴着に羽織だけでは少し肌寒そうで。
せめて襟巻きだけでも持って来てやれば良かったな、と剣心は自分の気の足りなさを悔やんだ。
「どぉしたの?また眉間に皺寄ってる。」
「おろ。」
薫にツンと眉間を人差し指で突付かれて、思わず空いている手で覆い隠す。
挙句の果てには「変な剣心」と言われ、放って行かれる始末。
歌うような可愛らしい声が、また何とも言えず心地よく耳に響くというもので。
こういうのを・・・・、世間ではそう言うのでござろうな///
放って行くと言っても、5,6歩先で相変わらずの笑顔で振り返りながら拙者が行くのをずっと待っている。
やっと薫殿の隣りまで着くと、つつつ…とこちらへやって来た薫殿がこつんと頭を拙者の肩に乗せた。
途端に馬鹿正直に大きく跳ね上がる心臓。
「・・・私…ずっと剣心の側に居てもいい?」
「・・・か・・・おる・・・どの」
あぁ、どうして。
こんな時に限って、言葉は出てこないのだろう。
喉が内側に引っ張られるように苦しくて、ジン…と痛い。
「ねぇ、剣心。家まで競争しない?」
「競争でござるか?この差で?」
この差とは先程から拙者の背中で、大きくゆらゆらと左右に揺れている薫殿の防具一式の事だ。
これが見かけそのまま、かなり重たい。
「そ。その差で。だってそれくらいしなきゃ、私貴方に勝てっこないじゃない?」
「・・・;;して、賞品は?」
「貴方の答え。・・・じゃあ、この場所からよ!剣心は10秒数えてから来てね。」
「え…ちょ、薫殿っ!」
この重たい荷物を抱えた上、更に10秒待てと!?
颯爽と駆けて行く薫殿の背中を見送りながら、空いた口もそのままに10秒が過ぎるのを待つ。
さぁ、これは困った事になった。
良いか悪いかなんて、答えは既に自分と薫殿の間に存在しているのに。
それを言葉で表すとなると、中々難しい。
しかもわざと手を抜いたりなんかしたら、君はきっと怒るだろうから。
走りの方も手を抜くつもりはござらんよ。
薫殿が今までずっと本気で体当たりしてきてくれた事を知っておきながら、今更軽くかわせやしない。
この場所から、君へと向かう
重たい防具も機動力の糧にして
君の背中を捕まえるべく、大きく一歩を踏み出すだけだ。
>>終
2005.3.20