「剣心、手伝うわ。」
「いやいや、大丈夫でござるよ。」
時々感じる心の距離。
そりゃあ、貴方のやさしさを知らない訳じゃないけど。
貴方が今やってるその仕事。
それを貴方と一緒に、やりたいだけなのよ。
それをどうして分かってくれないのかしら…。
どうも貴方は事を大きくとりすぎている様な気がしてならない。
あぁ、だめだぁ…。
不安と苛立ちで、なんだか胃がムカムカする。
剣心はいつもとかわらず、ふわふわふわふわした態度。
大好きだったはずのあの笑顔も、いつの間にか小憎たらしく思えてきて。
「薫殿?」と心配されて「何でも無いわよ」なんて、ついつい素っ気無い態度をとってしまう自分に毎度後悔。
しかし後悔しても、全てが後の祭りで。
こんな自分が大嫌い。
自己嫌悪の嵐だわ。
午後。
二人で町へ買出しに出掛ける。
「薫ちゃん、いつも仲良しだねぇ。」
「な///ちょっと、何言ってるんですか///!剣心は只の食客ですッ///!」
一々反応していたら身が保たないほどの、四方八方から冷やかしの声。
普段は剣心ともっと親密になりたいなんて朝から晩まで思っているくせに、口からは出鱈目ばかりが零れ落ちる。
私が必死に言葉を探す間も、剣心は後ろでにこにこにこにこ、この様子を見ていた。
こんなに一人真っ赤になって、焦って・・・馬鹿みたい。
きっと剣心の目にも、子どもにしか映ってないんだわ。
「祝言の時は呼んで頂戴ね。」
「おろろ〜。しかし・・・」
「剣さんはどうなのさ。満更でもないんだろう?」
奥さんがそう言った瞬間、私の周りの空気が凍りついた。
もしかしたら・・・いい機会じゃない。
今まで直接は聞けなかったけど、これで剣心の本音が聞けるかも。
私のこと、そういう対象に見れるのか見れないのか。
そう考え始めたら心臓が今までに無く大きく高鳴って、血流が激しくなるような感覚に襲われる。
「うーん。拙者は薫殿の処で厄介になっている身ゆえ・・・」
期待が一気に裏切られた瞬間。
こんなことなら、聞かなきゃ良かった。
不意に、泣きたくなった。
「そんなの関係ないよ。要は当人の気持ちだからねぇ。」
「・・・っ、これ…ありがとう。また寄せて頂きます…っ」
そう言って奥さんの手からまるまる太った大根を少し乱暴に取ると、一目散に走り出した。
後ろの方で剣心の「薫殿!?」という声が聞こえたけど、止まる気になんてなれなかった。
目から熱い涙が零れ落ちる。
所詮は自分でまいた種。
いつまでたっても素直になれなくて、女らしい態度もとれなくて、落ち着きはないし、乱暴だし。
でも最近少し笑いかけてくれるようになったから、自分に都合の良い様に解釈してたの。
男の人と一緒に居て変に胸が騒いだり、かと思えば張り裂けそうなくらい苦しくなったり。
こんな気持ちになったのは初めてで。
でも、もうだめ。
きっと剣心は愛想をつかした。
こんな面倒くさくて可愛くない女、相手にしたいと思う人は相当な物好きだもの。
やがて人気の無い場所にたどり着くと、足の動きは自然に遅くなり、やがてふらふらと立ち止まる。
いつまでたっても止まらない、むしろ先程よりも激しく流れ落ちる涙に、視界はぼやけて思わずしゃがみ込んだ。
「早いでござるなぁ、薫殿。」
「え・・・?」
突然上から降ってきた声に驚いてぐちゃぐちゃの顔そのまま顔を上げると、
そこには上がった息を飲み込みながら優しく微笑む剣心の姿。
「おろろ;;年頃の女子がそんなに顔をぐちゃぐちゃにしては、綺麗な顔が台無しでござる。」
そう言って懐から取り出した手拭いで、中腰でそっと私の顔を拭う剣心。
その顔はいつもと変わらず穏やかで。
どうして?
どうしてここにいるの?
私のこと呆れちゃったんじゃないの?面倒だと思ってるんじゃないの?
中途半端な優しさなんていらない。余計苦しくなるだけよ。
「けんし・・ん、どうして・・・?」
「大根を抱えて泣きながら走っていく女子を、放っておけるわけがないでござろう?」
「私のこと・・・何とも思っていないんでしょう?なら放っておいて!」
「何とも思っていない・・・とは?」
「貴方は…いつまで経っても、私に距離を置いてる。そろそろ気を緩めてくれてもいいじゃない・・・。」
私がそこまで言うと剣心はいきなりぷっと噴出して、笑いながらそのまま私と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
・・・何が可笑しいのよ。
空気の読めない私を放り出して、一人涙を浮かべながら剣心は笑いを必死に抑えている。
「薫殿が先に、拙者は『食客』だと言ったのでござろう?」
「そ…それは・・・;;///」
「何が欲しい?言葉が欲しいなら、薫殿の気が済むまで付き合うでござるよ?
行動が欲しいなら、それも望みどおりにするでござる。しかし・・・
拙者、薫殿とはゆっくりと進んで行きたいと思っていたのでござるが・・・。」
「へ・・・///?」
「薫殿の言葉が照れ隠しなのも、拙者の事をどれだけ想ってくれているのかも、十分に知っている。」
「う…自惚れよ///」
「おろ。なら、試してみる?」
薫の声は突如吹いた風にさらわれて
しゃがみこんだ二人の影が、そっと重なる。
この青い空のもと、初めて交わした口付けは痺れるように甘くて
これが最初で最後の恋になればいいなと、剣心の香りを感じながら思った。
>>終
御題提供:秋桜様
2005.3.21