君は・・・分かっているのだろうか。

これから葵屋に行くという、その意味を。

着くのは多分、今日の夕方頃になるだろう。

して、その後は?

此の・・・夜は・・・?





拙者の肩に頭を乗せて心地良い寝息を立てる薫殿に、心の中で尋ねかけた。



グラリ・・・



「お…っと;」


流石に船代が安いだけあって、よく揺れる。

拙者の肩から落ちかけた薫殿の頭を、すんでの所で受け止めた。


「こんな揺れの中で、よく寝ていられるでござるなぁ・・・。」


小さな小さな声で、薫殿にそう呟く。


この京都行きの船に乗っているのは拙者たちだけではなく、中途半端に色気づいた輩共が沢山乗り合わせていた。
その輩共が船の揺れにかこつけて薫殿に触れようと、先程から時を伺っているのだ。

何処の者かも分からぬ馬の骨に、薫殿に触れられたりなどしたらたまったもんじゃない。

本人が眠っているという非常に危険な状態なので、仕方無しに薫殿を抱きかかえる事にした。

薫殿の細い身体を抱いてあぐらをかいた膝の上に乗せると、無粋な輩共の眉間には面白いほど一気にシワがよる。



途端にこの胸に湧き上がる、陳腐な優越感。



拙者もここらの男共と、あまり変わらないでござるな。



「ぅ・・・ん・・・」



そう言って頬を擦り寄せてくる薫殿に、この胸はまたドキリと鳴って



「もう少し…眠るといい・・・」



いとおしい・・・と感じてしまう。



しかし、この御仁は。
あの時もこんなに無防備だったのだろうか。
まぁ、弥彦がついてはいたが・・・


こんなに…優しくて、気は強いけれどどこか脆くて、大切な君を
あの時拙者は、一人置き去りにした。


あの時の選択が全て間違っていたとは思わない。
あの時はああするしかなかった。
そう言えば、それまでだ。


でも、あの時は。
自分でも気付かぬうちに、君へ抱き始めた淡い淡い恋心に静かに箍を掛けていたのかも知れない。
そうなのではないだろうか?



薫殿の寝顔を見て、ふとそう思った。



今までそういった話題を自ら避けてきたから、君は此の夜に対して何の疑問も持っていないのだろう。



ならば、その一種の信用を突き崩すまで。



今夜は・・・洗いざらい吐いてみようか。

きっと一世一代の大恥をかくことになるだろう。

君の事をどれだけ想って、どれほど君が拙者を満たしているか…だなんて。

何か勢いが無いと肝心な事が言えない自分の情けない性格は重々承知している。





抱きしめた薫殿を見据えて、頭を垂れた。

決戦は今夜。

その前にまず、一眠り。

瞳を閉じて
意識を甘い夢の中へと手渡す---


>>終



2004,12,11