「嫌い。」

「おろ。」

「嫌い。寄って来ないで。」



一歩近寄れば、二歩後ずさる。
また一歩近づけば、今度は三歩遠ざかる。
さきほどからずっと、そんなやりとりの繰り返し。

その気になればこんな距離は一瞬で埋めることが出来るし、逃げる彼女を捕まえることだって至極容易いこと。
けれどもそうしないのは、このちくちくとした雰囲気が心地よいから。



「私は別に怒ってないんだから。ご機嫌取りなんかしてないで、剣心は剣心の好きなことしたらいいじゃない。ちょっと道場行って来る。」

「では拙者も。」

「…だ、から!ついて来ないでっていってるでしょう!?」

「別に薫殿の後をついて行く訳ではござらん。拙者もそちらに用事がある。」

「……ッ!買い物行って来る!」

「あ、それなら拙者もそちらに……」



そう言った瞬間の彼女の顔といったらもう。

首がもげるのではないか思うほどの勢いでぐるりとこちらを向いた彼女の顔。
真っ赤な顔をして、黒くぱっちりとした目をキッとつり上げて、あぁこれは間違いなく怒っているんだろうなぁと一目で分かってしまうほど。
『近寄るな』と言ったくせに、じりじりと近寄ってきているのは彼女の方で。
そんな揚げ足取りをすれば、彼女はまた腹を立ててキーッと唸る。
そんな彼女の様子が可愛くて、どうしようもなくて。
憎しみと愛情は紙一重だなんて洒落た言葉があるけれど、そんな言葉が良い意味で今の彼女にはぴったりだ。

彼女が今こんなにも怒っているのは、全て自分に原因があって。
自分のためにこんなに腹を立ててくれていることが、彼女には申し訳ないがとても嬉しい。

だってそれは、彼女の想いの証明。

こんな風に、馬鹿がつくほど正直に態度に現されて、嬉しくないわけがない。



「もう、ついて来ないでってば!」

「だーかーらー、拙者もそちらに用事があると言っているではござらんか。」



からかいすぎるときっと、また彼女は怒るから。
もう少しだけこの空気を味わって、それからそのあとは……、そう。


向き合うのを避けて逃げる彼女に、一つだけ言えること。

手加減するつもりは一切無いのだから、降参する準備だけはしっかりしていて。





>>終
2008.02.11

薫殿にヤキモチをやかれて、でれんでれんしている緋村氏。