しとり、しとり、しとり。
柔らかな雨の音が鼓膜に染み入る、そんな夜。
自分の身体の左側で何かが小さく動いていることに気づいて、そっと目を開ける。
あたりはまだ暗く、しかしながらとうの昔に暗闇に慣れているがために、さして支障はない。
それよりも何が動いているのかが気になって、先ほどからしきりに動いていると思われるものを両手でぎゅっと捕まえると、瞬間そこから小さな悲鳴が飛び出した。
「……あれ?薫殿?」
「ご、ごめんね。剣心。起こしちゃった?」
「いや、それは構わぬが……。どうかした?眠れない?」
「い、いえ。あの、その……。私の着物……知らない?」
そう言いながら困ったように目線を逸らして真っ赤になる薫殿を改めて見てみると、彼女は布団を一生懸命引っ張って必死に自分の肌を隠していて。
ああそう言えば……とつい先ほどまでの出来事を一人思い出していると、そんな自分の視線に気づいた薫殿がさらに顔を赤くして拙者の目を覆ってしまった。
「剣心!私の服どこやったの!?」
「んー……、薫殿寒いでござるか?というか、もっとこっちに来ればいいのに。ほら、ほら。」
「い゛!?ちょ…、いい!いらない!やだ、離して!」
捕まえていた身体をそのまま引き寄せたまでは良かったのだが、この御仁も照れ屋なのか、なかなか頑固。
しかも”恥ずかしがっている”域を超えている気がしないでもない彼女の反応に、だんだんと自信がなくなってくる。
「大体…ッ、どうして私だけ何も着てないのよ!」
「え、拙者も脱ぐの?」
「違うわよ!馬鹿!ホント馬鹿!」
腕の中でじたばたもがく薫殿は恥ずかしさからか、今にも零してしまいそうなほど、瞳にいっぱい涙をためていて。
しかしながら自分にとってすれば、そんな薫殿が可愛らしくて仕方がなくて。
こんな薫殿をもう少し見て居たいような気もするし、これ以上は可哀相な気もする。
色々と悩んだ結果、自分の下にずっと隠していた彼女の着物をするすると取り出すと、それは次の瞬間に自分の手元から奪い取られ、気づけば向うを向いた薫殿がそれを羽織って一生懸命帯を結んでいた。
「隠してたなんて、酷い。」
余程焦っているのだろう。
羽織ったはずの着物の肩口が少しだけずれ落ちてしまって、細い肩が剥き出しになっている。
「たまたま、でござる。」
白い肌。
その肌へ零れる髪。
「違う……。」
激しさを増した雨の音が自分を急き立てて、狂気を呼ぶ。
甘ったるいような、透き通ったような声も。
弾力は決して失わず、なおかつ、触れるモノに吸い付くようなその肌も。
「またすぐに脱ぐのに……、邪魔でござろう?」
全てが自分を惹きつけて、迷わせて。
途方もなく。
激しい雨を、君にあげる。
全てを捕らえる、激しい雨を。
>>終
2008/03/16