何かがおかしい。
何がおかしい?
朝から頭がふわふわして
視界が蜃気楼のようにぽやんとする。
うーん・・・何だろう。
何だろう、この感じ。
頭が重くて、寒気がする。
最近こんなこと無かったのに・・・
もしかして、もしかしてこれは・・・
「かぁちゃ?」
「…っ;; な、なぁに?」
「ぅー・・・?」
「なぁに?どうしたの、剣路?」
着物の袖をくいくいと引っ張られて、はっと我に返った。
そこには心配そうな表情を浮かべる、剣路。
この子は人の気持ちにとてもとても敏感で。
僅かに見せた一瞬の表情でさえも、決して見逃さない。
ついこの間も、剣心と少し言い争いになって、思わず泣きそうになった瞬間
それまでじっと私達の様子を伺っていた剣路が突然泣き出した。
私と剣心と両方の着物を掴んで泣き出すものだから、私も剣心もお互いの事情など放り出して、
慌てて剣路のご機嫌取り。
そうこうしているうちに、どうして言い争っていたのかさえ忘れてしまい、
何だか馬鹿らしくなって互いに吹きだした瞬間、剣路はピタリと泣くのをやめて、声を上げて嬉しそうに笑った。
この子はきっと、誰よりも優しい子になってくれる。
そう思い始めると、とてもとても嬉しくて。
剣路に目線をあわすようにしゃがみ込んで、その小さな頭をぽんぽんと撫でてやる。
「薫殿。」
「剣心!」
ふと振り返ると、そこには剣心の姿。
こんなごくごく普通の日常が、何だか最近とても幸せに思える。
「とぉちゃ!」
「剣路。今日はこれから、弥彦にーちゃんが遊んでくれるそうだ。」
そう言った剣心の後ろから、ひょっこりと顔を覗かせる弥彦。
あら?今日は稽古の日でもないのに。
何だか私が状況を理解しないままに、事態は私をおいてけぼりにしてまるで流れるように進んでいく。
剣心が剣路を抱きかかえて、弥彦に「すまぬな。」なんて言いながら、剣路をひょいっとあずけて。
そしたら弥彦は「いーってことよ」とでも言いたげに、剣路を軽々とその肩に乗せて。
弥彦が門を出て行ってしまったかと思えば、今度は剣心が近寄ってくる。
恐ろしくゆっくりと流れていた目の前の情景は、私の身体が剣心に抱き上げられた瞬間
高倍速の早送りで一瞬にして、現時点にまで到達した。
「ぁ///・・・あの…あの、剣心・・・///?」
「うーん、微熱でござるかなぁ?ま、とにかく安静にするより他は無い。」
私の額にぴったりと自分の額をくっつけて、眉間に皺を寄せる彼。
私の質問になど答えもしないで、そそくさと私を自分の部屋に連れて行き、慣れた手つきで私の着物を脱がしていく。
あっと言う間に私の着物は寝間着へと着替えさせられて、少し強引に布団に寝かされた。
「風邪なんかひいてないのに・・・。」
「そんな風に意地を張っていると、怒るでござるよ?剣路にうつす気でござったか?」
「病なんて気からよ。大丈夫だと思ってれば何とも無いわ。」
「そんな事を言って、貧血で今にも倒れそうなくせに。あまりに顔が青白くて、剣路も驚いていたでござるよ?」
「ぅ・・・;;;」
言い返す度に悉く、自分でも気付いていない最もらしい理由をくっつけて言い返してくる剣心。
剣心に口で勝った事なんて一度も無い。
彼と出逢ってから、今までずーっと。
今だってそう。
口では少し意地悪な事を言うくせに、いつだって笑顔は絶やさない。
優しくて、そんな彼が大好きで
だからいつだって、やはりこうやって剣心に甘えてしまう。
「ねぇ、剣心。剣路は・・・すごく良い子よね?」
「ん?そうでござるなぁ。何せ、拙者と薫殿の子でござるからね。」
ゆっくりと差し出した手は、やはりゆっくりと剣心の手の中に絡められていく。
そのまま手の甲をふわりと唇でなぞられて、普段以上の熱を宿したこの身体がより一層熱くなった。
「剣路は、すごくすごく優しい子よ。まるで貴方みたい。 でもね・・・時々考えるの。」
「何を・・・?」
「優しい人は・・・傷つきやすい。優しさ故に、他人以上に心を痛めてしまう。
剣心は優しいから・・・。あの子は眼差しが、とても貴方に似ているから・・・」
瞬間、剣心はふわりと微笑む。
決して幸せな話というわけでは無いはずなのに。なのに、とても嬉しそうに。
そしてゆっくりと、一つ一つ噛み締めるように、剣心は言葉を紡ぎだした。
「大丈夫。
もし剣路にそのような時がやってきたならば、その時には必ず剣路を支えてくれる女【ひと】が現われる。
拙者にとっての、薫殿のような女が・・・」
私は目を見開いたまま、何も言えなかった。
でも剣心は、とても嬉しそうに笑っていた。
柔らかい光が篭る部屋の真ん中で、そっと顔を寄せ合い、口付けを交わす。
ごくごく普通の日常の中に見出した、私の幸せ
願わくば その幸せが、どうか貴方の幸せでもありますように
>>終
2005.5.19