朝餉の支度をし終えて、こうして彼の反応を待つこと約一刻。
中々目を覚まさない彼に、始めのうちは寝顔が可愛いなどと感じていたものの
今となっては少しだけ苛々。

折角寝起きを襲撃しようとして、わざわざこうやって貴方の布団にまで潜り込んでいるというのに。
料理を作りながら立てた計画が、一人の時間の中で虚しく空回っていく。



「もう、剣心のばか。」


「ん・・・」



一瞬私の言葉に反応して目を覚ましたのかと思ったのだけれど、ただ単に布団に潜り直しただけのようだ。
でも鼻のてっぺんまで布団に潜って、きゅっと眉の端を下げている彼はとても可愛らしい。

しかしながら、こんなに深く眠っている彼を見るのは、もしかしてもしかすると初めてかもしれない。
そう思うと何だか急にドキドキしてきた。

長い睫毛、きめ細かな餅肌、すっと通った鼻筋
それらがそれらのあるべき部分にぴったりと収まっている彼の顔は、冗談を抜いて綺麗としか言いようが無い。
だってほら、どんなに鼻筋が通っていたってそれがあまりに下についていたり、逆に上についていたりしたら
少し勿体無い気がするでしょう?

柔らかくてふわふわした髪は、今日も陽の光を受けて艶々としていて。
指先に絡めても、するりと間を滑り落ちて行く。

男の人ってどうしてこう、女が憧れる要素を兼ね揃えているのかしら?
手入れとかしなくてもこんなに綺麗だなんて、ずるいわよねぇ・・・


しかし。
目の前で小さく丸まって眠っているのは、紛れも無く大人の男。
大きく飛び出た喉仏も、くっきりと浮かび上がる鎖骨も、長く綺麗な指も。

こんなに可愛らしい寝顔を無防備に曝け出しておいて、心の奥底にはとんでもないものを抱えている。
甘い甘いうわべに騙されて、隙を見せたら最後。



「剣心・・・」



無意識のうちに身体が動いた。

彼の名前を呼んだ私は、瞬間に別の何かに移り変わった。
おそらくこの感覚を衝動と言うのだろう。

鼻のてっぺんまで覆い被さった布団をそっと剥がして、呼吸の為に小さく開かれた唇にそっと触れる。
勿論手ではなく、己の唇で。

本当はそんなことは無いのに、甘い感じがする。
剣心の唇はいつもそう。
触れると甘い感じがする。
それは味が甘いのでは無くて、まわりの空気が甘いのだ。



すぅ・・・



「・・・・///!!」



小さな呼吸が己の唇にかかった瞬間、一瞬にして我に返り、すぐさま彼からばっと離れた。
自分から彼の唇に触れたくせに、自分で唇を覆い隠している。



「・・・・あれ…?薫・・・殿?」



「け・・・んしん///?起…きたの?」



間が悪すぎだ。
私の顔はきっとまだ相当赤い。
それは寝起きとはいえ、何においても色々と敏感な剣心は気付くはず。



「薫殿」



はじめはちょっとした悪戯のつもりだった。
剣心はいつも余裕な顔しか私に見せないから。
だからたまには優位に立ってみたい、少しそんな風に思っただけだったのに。



「今日は一段と、布団から出るのが億劫ではござらんか?」


「なら、ずっと一人で眠ってれば///?」


「おろ。それはないでござるよー;;」



へらへらと笑う剣心を布団に押し付けて、部屋から逃げ出そうとすると
帯をぐっと掴まれて、そのまま後ろへ引っくり返った。

彼はまるでその瞬間を狙っていたかのように、私の身体を後ろから抱え込んで、起き上がれないよう束縛する。
・・・どうあっても離さない気ね;;



「ぅ…///もぉ;;分かったわよぅ///」


「ははは。可愛いでござるなぁ、薫殿は。」



それは褒めてるの?けなしてるの?
まぁ、もうどっちでも良いか。

だって貴方がこんなに嬉しそうに笑うから
もうちょっと、可愛い貴方に触れていたいなぁって思ったの。




>>終

御題提供:ナキ様
2005.2.25