「……あ、っつ……」



このところの暑さは一体何なのか。
夜はそうでもないとして、明け方になると部屋の中に熱気が篭る。
おかげで睡眠も続かず、早々に目が覚めてしまうというもの。
体内時計は、ますます狂ってしまいそうな予感だ。

そして今日もまた、耐え切れぬ暑さで不快な目覚め。
べっとりとした全身に自分自身の髪が張り付いている。
この不快感は水でもかぶらないことには、どうしようもない。

とりあえず身体を拭おうとだるい身体を持ち上げると、髪が何かに引っ掛かり、動きを制止させられる。
何かと思い隣を見ると、そこにはすやすやと眠る薫殿の姿。

……しかしながらまあ、この暑さの中でよく眠っていられるでござる。

近くにあった団扇を手に取りゆるゆると仰いでやると、汗ばんでいた薫殿の肌もさらりと乾いたものになった。
普段滅多に外に晒す事が無い故に、陶器のように白い肌。
ただ、白いとは言え健康的な色をしていて、その心地良さを知っているものとしては思わず触れたくなってしまう。



「……けん、しん?」

「すまぬ。起こした?」

「んー…ん、自分でおきた。」

「そうでござるか。」



薫殿は眠たそうに目を擦ると、そのままゆっくりとこちらへ擦り寄ってきて、半分身体を起こしていた拙者の上に圧し掛かり、拙者を巻き込んでの再眠。
とは言えど意識はしっかりしているようで、どうやらのんびりしたいだけらしい。



「薫殿、何か着るでござるか?」

「ん。あとで。」

「どうなっても知らぬよ?」

「だーいじょーうぶ。」



意識がしっかりしているとはいえやはりまだ眠たい事には変わりないのか、質問に対する答えもとろんとした口調の曖昧なもの。
今ならどんな誘導尋問にも引っ掛かってくれそうで、変に悪戯心が湧きあがる。

そしてさきほどから拙者の髪に手櫛を入れては、さらさらと流す彼女。
そのように周りから攻める様な仕草をされては、朝からとんでもないものが爆発しそうになるのだ。



「ね、剣心。」

「ん?」

「あそこの……新婚さんいるじゃない?」

「あの角の家の?」

「うん。あそこ……ね、新婚さんなのに、もう出来たんだって。」

「それはめでたい。」

「うん……、でね。私たちも頑張ってるのに、なかなか…ですね。」



………うん?

あ、なるほど。
だから昨日薫殿はあんな風に……

そうそう。
昨日は薫殿が切羽詰った風だったから、何事かと思い内心驚いていたのでござるよ。

なんだなんだ。
そういう事か。



「しかしながらまあ、子どもというのは授かりものでござるからなあ。」

「……いいなあ、赤ちゃん。」



…………いやいやいや、薫殿。
それが薫殿の純粋な台詞であったとしても、朝っぱらからそれはちと……



「……今から励んでみる?」

「き、昨日もいっぱいした……のに?」



いきなりの事にうろたえる薫殿を下にして、健康的な早朝の運動の開始。
しかしながら薫殿も満更ではないようで、甘えるような目が何とも言えず可愛らしく。
疲れ果てて眠ってしまうまで、飽きることなく互いを求め続けた。



――その後、二人で朝昼兼用の食事をしていた際、どうしてそんなに早く欲しいのかと聞いた所。



「だって早くしないと、お父さんの年齢が……」



だそうで。

拙者……を気遣ってのことなのですね。
そうですか。
そうですね、お父さんは頑張りたいと思います。




>>終


2007.8.9


夏の葵の花言葉は、「甘美・親切な気質・母の愛」だそうです。