「では、緋村さん、薫さん。ごゆっくり。」
青年はそう言って立ち上がると、軽く礼をして部屋を出て行った。
じわじわと照り付ける太陽の下、庭先の池で光が何方向にも屈折して煌いている。
そんな庭先に臨む障子を開け放って、ぎりぎりに影が作られている部屋の一部分で畳の上に腰を降ろす二人。
「剣心!はい、一口食べて。」
「おろ。拙者は良いでござるよ?薫殿が・・・」
「いいの!ほら、早く!溶けちゃうじゃない。」
そう言って一口ほどの大きさにすくったそれを、ずいと拙者の口元にあてがう。
唇に触れた金属の冷たさに、渇きを覚えた喉がごくりと音を立てた。
ここは大臣ご用達の有名小料理店の、奥の間。
そもそも何ゆえこのような所に居るのか。
それは、ついこの間の出来事。
神谷道場の側の道で行き倒れになっていたある青年を介抱したのが、運のツキ。
その青年が有名な財閥化のご子息であった事が判明し、こうやって食事に招待していただいたのだ。
もう腹一杯でこれ以上はとても食べられないと言うと、
彼は残念そうにしかしながら最後にこれだけは一度食べてみてくれと、最後の一品を取り出した。
「剣心、口開けなさい!」
「ふむ、ふむむむむ〜;;(でも、薫殿〜;;)」
「こんな上等なもの、もう食べられないかもしれないんだから!ほら!」
そうこうする間も唇の隙間を染み込んで伝わる、甘い味。
冷たく、甘い、未知の味。
そんな誘惑にとうとう負けて小さく口を開くと、薫殿は嬉しそうに笑った。
何だか薫殿の味も混ざっているような感じがするのは、気のせいであろうか・・・?
「剣心、口の周りいっぱい付いてる。」
ふわりと微笑んだ薫殿を目の前にして急に恥ずかしさが込み上げる。
慌てて口の周りを拭おうとした瞬間、ちろりと姿を見せた小さな舌が、唇をすっとなぞった。
「甘い…、ね?」
「甘…い、でござる、な///」
硝子の器の底に、真っ白なあいすくりんが溶けたものが僅かに溜まる。
溶けるように混ざり合う、唇の味。
冷たい舌が、喉元をくすぐる。
ごちそうさま
甘い唇を味わいながら、心の中でふと思った。
>>終
御題提供:日下 樹様
2005.4.13