マズイな・・・ 何でござろうな・・・
最近異様に喉が渇く気がする。
水を通しても一向に潤わず、焦りと衝動でまた喉がカラカラになって。
これは、多分・・・そうなのでござろうな。
真っ白な胴着に揺れる黒髪の対比が、自分の中の何かを壊していく。
「けーんしーん!ちょっと手伝ってー!」
何だか最近、どうしようもない程溺れてる。
君 に 触 れ る だ け で
「剣心??」
「おろ」
そういや呼ばれていたのだった。
いつもと違って中々現われない自分を心配したのだろう、薫殿が柱に手を添えてひょこっと顔を覗かせる。
「すまぬ、少し考え事を・・・」
「そうなの?じゃあ後でも良いんだけど・・・」
「いや、構わぬよ。如何した?」
「うん、実は・・・」
薫殿の話によると、道場の床の上に、ある日どこかのネジが落ちていたらしい。
不思議に思って辺りを見回しては見たものの、ネジが使われているような箇所は無く。
たまたま落ちていたのだろうかと思っていた矢先、道場の神棚のことが思い出された。
しかしながら、自分で確認するには背が届かないから、代わりに拙者に見て欲しいとの事。
拙者もあまり薫殿と背丈は変わらぬように思えるのでござるが・・・;;
まぁ、良いか。
愛しい女子に頼られて、迷惑に感じる男はいない。
自分だって男。 決して例外ではないのだ。
踏み台を使って神棚を覗くと、案の定支えのネジが一本抜けていて。
薫殿から例のネジを受け取り、それを元通りにしめ直す。
なんてことは無い、ただネジをしめただけなのに。
薫殿は嬉しそうに微笑んで、何度も何度も礼を言ってきた。
あぁ・・・マズイ。
マズイな・・・
道場なら
大丈夫かと思ったのに・・・
「剣心?」
不思議そうに首をかしげる薫殿。
きっと拙者が思っていることなんて、一欠けらも想像していないのでござろうな。
壁に薫殿の身体を張り付けるように追い詰めて、自分の身体で覆い込む。
狼狽する彼女を余所に細く長い指を絡めとって、勢いのまま薫殿の唇を口に含んだ。
「・・・・・っ///」
逃げにかかって僅かに顎を引いた薫殿に、再び斜め下から唇を少し強く押し上げる。
小さく漏れるくぐもった声も、静かな道場にやたら響く水音も、全てが理性を掻き乱して。
喉が渇いて、身体が汗ばむ。
何ゆえ・・・このように自分は焦っているのか。
何ゆえこれまでに、自分の気持ちを抑えられないのか。
僅かばかりに抵抗を見せるものの、薫殿は本気で拒みはしない。
胴着を少しだけずらして、きっちりと巻かれた晒しを解きにかかろうと首元に吸い付いた瞬間。
何だか禍々しい視線を感じて、ちらりと上を見やる。
「・・・・・・・・・・・・;;」
そこでとんでもないものを見てしまったというような青い顔をした左之と、格子越しに目が合った。
・・・・まぁ、いいか。
薫殿は気付いていないみたいだし。
「・・・っぁっ///」
「続 け ん の か よ ー ! ! ?」
* * * * * * *
「・・・・・・・・・・」
「剣心。おーい、剣心!」
「・・・・・何でござるか?」
「らしくねぇなぁ。何か悩みがあんなら聞いてやっから。」
悩み・・・
左之が良い所で現われて、薫殿には怒られて、その上向こう一週間の薫殿禁止令が下された事とか?
淹れたての熱い茶を啜りながら、少し大袈裟にため息をついた。
「そうでござるな・・・・」
「なーにスネてやがんでぇ、別にわざとやった訳じゃねぇだろ?」
「ほーぉ・・・」
やけにニヤニヤしながらこちらをじーっと見ている左之に、何だか段々腹が立ってきた。
毎回毎回丁度良い所へやって来て。
これはもう、ワザとやっているとしか思えん。
「なぁ、剣心。」
「ん?」
「おめー、どっか悪いのか?」
「・・・何故?」
「いや、何かこう。…目がボーッとしてっからよ。」
そんなことは無いはずなのに・・・
単に自覚が無いだけなのだろうか?
しかし、何だか頭がボーッとするような気もする。
早く・・・早く薫殿に・・・
「・・・薫殿に触れたい。」
「何でござるか、いきなり!」
「って、思ってんだろ?」
「左 ー 之 ー ぉ ー ;;///」
「しゃーねーなー、帰ってやろーかなー、どーしよっかなー、やめとこっかなー」
あぁ、左之が悪魔のように見えるでござる。
当人の目の前で人の不幸をこんなに嬉しそうに弄ぶ奴は、きっとそうは居ない。
「・・・水羊羹と葛切り。どっちが良いでござるか・・・;;?」
「どっちも食いてぇけどなぁ…。今日は羊羹にして、葛切りは明日にするかな。」
・ ・ ・ 明 日 も 来 る の か 。
左之はものの数秒で水羊羹をペロリと平らげ、
”早く嬢ちゃんと仲直りしろよー”なんて言いながら、上機嫌で帰っていった。
言われなくとも…。
「薫殿?」
「・・・・・・・・・・」
やはり返事はない。
「薫殿。」
「・・・・・・・・・・」
「中に・・・入るでござるよ?」
返事は無いものの、一応断りを入れてからゆっくりと薫殿の部屋の障子を開ける。
柔らかい光が篭る部屋の真ん中で、薫殿は布団の上で三角座りになってじっと下を向いていた。
「入って良いだなんて…、一言も言って無いわ。」
「・・・すまぬ。しかし、こうでもせぬと拙者の謝罪も聞いてはくれないでござろう?」
「・・・怒ってるんだからね。」
「昼間の事?」
「水羊羹!私だって食べたかったのに・・・」
「おろ、そっちでござったか。大丈夫、拙者の分を・・・」
そう言うと薫殿は急にこちらを向いて、拙者の襟元を掴んで布団へ押し倒し、
挙句綺麗に畳んでおいた掛け布団で拙者の顔を封じた。
「違う!私は…っ、剣心と一緒に食べたかったの…っ///」
「・・・・・;;///」
「・・・何か言い訳してよ///昼間の事、謝りに来たんでしょう?」
真っ赤になって火照った薫殿の頬をそっと包み込む。
濡れたように艶を帯びる長い睫毛が可愛らしくて、思わずそっと親指で触れてしまった。
途端に反射できゅっと目を閉じてしまうのも、薫殿がいつも見せてくれる私的に大好きな仕草で。
薫殿を感じて、ようやっと薫殿に触れたという想いに満たされて
やはり、どうしようもない程溺れてる。
「拙者、何だか自分が思っていたより、薫殿のことを何十倍も好いていたようでござる。」
あ、可愛い。
また真っ赤になった。
君に触れるたびに、君へと近づいて
君を感じたまま、心は満たされていく
恥ずかしさで耐えられないと言ったような薫殿を自分の胸へと抱き寄せて
静かに藍色のリボンを解き崩した。
>>終
43000番を踏んで頂いた、奈々さまへ!
リクエストは『左之助が緋村氏と薫殿をつっつくお話。』
2005.5.4