カラン・・・

つい先ほどまで極々普通に笑顔で朝餉を食していた薫殿が、いきなり箸を転げさせた。



「薫殿?」



如何したのでござろうか?
不思議に思って覗き込もうとしたら、次の瞬間薫殿ががばっと抱きついてくる。



「か、薫殿っ///!?」



あまりの驚きに身は強張って、拙者の箸までもが大袈裟に転げ落ちた。

な、ななななな何でござるか、今朝は!?



「も・・・だめ・・・っ!」



へ ?

だめ?
何がどうダメなんでござるか、薫殿!?

目の前にはゆっくりとその小さな顔を上げて、潤みがちな目で自分を見つめ上げる薫殿。
食事の最中だとか、今は朝だとか、そんな事はいちいち考えていられない。
数々の疑問は残るもののふわりと自然に身体が動いて、本能のままにそっと薫殿の背中に手を回した。










眩 暈










薫殿の背中に手を回した瞬間、薫殿の身体がピクンと震える。
その時頭の中には微かに、この間の情事の事が思い出された。

ち、違うでござる;;!!今考えなければいけないのは、そんな事では無くて…;;

必死に頭の中の情景を切り替えようと試みても、薫の香りが鼻孔を掠めれば意識は簡単にそちらへ傾いてしまう。
おまけに一旦考え始めてしまうと、身体の感覚が普段異常に敏感になってしまうのだ。

いかん…;;違う…;;そうではござらんー!!!

頭をぶんぶん振り回して煩悩を払っていると、ずっと黙り込んでいた薫が静かに口を開いた。



「剣心…。背中・・・かゆい・・・。」



は?



「何か…いきなりかゆくなって・・・。もぉだめ…;;」



背 中 が 痒 か っ た だ け で ご ざ る か ! ?



ということはいきなり抱きついてきたのも、目が潤みがちだったのも、全ては痒かった所為であって…。

そう考えると自分の酷く短絡的な思考に脱力感を覚え、高ぶっていた気持ちは一気に萎えた。



「剣心…。何か背中、ぼこってなってる・・・。」



余程辛いのでござろう。
今にも泣きそうな表情と声で、必死に拙者に助けを求めている。



「薫殿、ちと失礼。」



薫に一言詫びを入れてから、薫の背中にすっと手を入れた。
瞬間薫の身体はぴくりと震え、顔に少し赤味が差す。

そんな顔に見とれながらも、肝心の薫殿の背中の痒みの正体を突き止める事も決して怠らない。
何度かさらさらと薫殿の背中を撫でてみると、なるほど確かにぼこぼこしている。



「薫殿、少し着物をずらせられるでござるか?」


「え゛・・・///;;」


「違…///!!やましい気はござらん!ただ、ちょっと…」


「もぅ・・・分かりました///」



そう言うと薫殿はくるんと向こうを向いて、こちらに背中を見せるように座り
そのままするすると着物の合わせ目を弛ませ始めた。
目の前で起こっている出来事にくらくらと眩暈を催しながら、なるべく直視せぬように湧き上がる感覚をねじ伏せる。



「これで良い?」



静寂の中に響いた薫殿の声で、はっと我に返った。
腰の少し上の辺りまで着物がずらされている事によって、曝け出された白い背中。

の至るところに、ぼこぼことした皮膚の浮腫が伺える。
小さなものから、それらが寄り集まったような大きなものまで。
扁平に皮膚が隆起したそれは、薫殿の背中に所狭しと広がっていた。

一見蚊に吸われた様でもあるのだが、おそらくこれは・・・



「蕁麻疹・・・でござるな。」


「じんましん?そんなの今まで一度も出た事無かったのに・・・。」


「食べ物にあたったでござるか?」


「それは…ないと思う。今までそんなこと無かったし…。」


「なら、寝不足とか?」


「それはあり得るかも…。」



原因は何にせよ、薫の背中の蕁麻疹は熱を持って薫の身体に重度の痒みを催している。
何とかしてやりたいのだが、どうして良いか分からないのが現状。
あれやこれやと色々処置方法を考えていると、ふと頭の中にある方法が浮かんだ。



「薫殿、少し待っているでござるよ。」



そう言って薫を居間へ残し、手拭いと桶を持って井戸へと向かう。
そこで朝一番のこの上なく冷たくなった井戸水を汲んで手拭いを絞り、その冷たい手拭いを薫の背中に押し当てた。



「ひゃっ・・・;;つ…、冷たいーっ;;!剣心、冷たいっ;;!!」


「もう少しの辛抱でござるよ。少しはマシでござろう?」



自分に抱きついてじたばたもがく薫の背中に、何度も何度も冷たい井戸水にさらした手拭いを押し当ててやる。
手拭いを押し当てるたびに薫の自分を抱きしめる力が強くなるので、ちょっとばかし悪乗りをしたことは薫には秘密。

しかしながらしばらくの間その行為を続けていると、薫の背中の浮腫はだんだんと治まりを見せ
ついには隆起していた皮膚も、元の白くきめ細やかな皮膚に同化していった。



「薫殿、だいぶ治まったようでござるが…。どうでござるか?」


「ん・・・、まだちょっとかゆいけど。さっきよりはだいぶマシ。有難う、剣心。」



ふわりと口元を綻ばせる薫に、剣心もまた口元を綻ばせる。
長い髪にすっと手櫛を入れてやると、薫は嬉しそうにころんと剣心の胸元へもたれかかった。



「ちゃんと服着て、薫殿;;」


「だって…布と擦れて、またかゆくなりそうだし・・・。」



そんなこと言っても、薫殿!
拙者の位置からは…その…!その…か、薫殿の胸元が・・・///!



「薫殿、甘えと誘惑の境…知ってるでござるか?」


「・・・知っててやってたら、どうする?」


「おろ;;///」






そう言って少し意地悪げに微笑んだ薫殿に、自分の中の鈍った本音は掻き乱されて
ちゃぶ台の上には食べかけの惣菜と、固くなった飯にすっかり冷めてしまった味噌汁。

そこへ畳に転げ落ちた二人の箸を拾い上げて、静かに並べ置く。



今日の朝餉は暗黙のうちに昼餉へ持ち越し。
何とも日常的で極々平凡な、一日の始まり---





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愁季さんに37000番貰っていただきました!
リクエストは『薫殿に甘えられてたじたじ緋村』

2005.4.7