「こら、左之助。邪魔よーッ;;」

「え゛?オイコラ、嬢ちゃんッ;;」



どんがらがっしゃーん・・・



ある穏やかな日の午後。
神谷道場の一画に響いた、とてつもなく大きな物音。

この物音が一体何を意味するのか、それはまだ誰も知らない。





消 毒





「あいたたたー・・・;;」

「っつー;;大丈夫か、嬢ちゃん?」



思いっきり倒れこんですっかり乱れてしまった髪を直しながら、薫はゆっくりと身体を持ち上げた。
そして周りに散らばってしまった大量の布切れをせっせと掻き集める。

そして続いて身体を起こし、立ち上がった左之助の顔を見た瞬間、薫は大きな目を一層大きく見開いた。



「あーっ!!左之助、ごめん・・・おでこっっ!!!」



先程倒れこんだ時に、丁度上手い角度で薫の肘がのめりこんだらしい。
左之助の額にはぷくっと小さなたんこぶが出来ている。



「あ゛?でぇーじょうぶだって、こんくらい。」

「だめよ。応急処置だけでもさせて頂戴。」



そう言ってすっと自分の額に手を伸ばす薫を見て、左之助の脳裏にある疑問がふっとよぎった。
それはこの家のもう一人の主。

その人物にこんな所を見られたら、一体自分はどうなるのか。



「・・・・剣心は;;?」

「お買い物よ。左之助、あんた背高すぎ。ちょっとかがんでくれる?」

「へいへい。」



こうまで男として見られていない事も、どうなのかねぇ。
まぁ、嬢ちゃんが剣心一筋なのはよーっく知ってる事だが。

こんなに顔近づけて来られちゃ、その気が無くとも何か変な感覚が来るだろーが。

ま、そんな感覚起こったところで、今更どうこうするって訳でもねぇけどな。
何せ。
この嬢ちゃんの後ろには、とてつもなく恐ろしい男が潜んでんだ・・・;;
触らぬ神に、祟り無し



「はい、終わり。・・・剣心遅いわねぇ。」

「なーに、あいつもそこそこ良い男だ。買い物途中に、美人なお姉ちゃんに連れてかれちまっただけだって。」

「なっ///またそーゆー事言う!!剣心はあんたとは違うのっ///」

「あー、嬢ちゃんは剣心しか知らねぇもんな。毎日いちゃこきまわってんのか?」

「いちゃこ…///!?そんなことしてるわけないでしょう///!?」



ムキになって暴れ回る薫の拳を避けながら、左之助はカカカと嬉しそうに笑った。

あーおもしれぇ。
何でこう、ここまでムキになるかねぇ。



「大体、剣心がそんなことする人に見える///?」

「あ゛ー…見かけはそうかもしれねぇが、中にはどでかいもん抱えてやがるぜ。きっと。」

「もぉーっ///やめてっ!!」

「ん?お目にかかったのか、嬢ちゃんよ?」

「さーのーすーけー///!!いい加減にしないと・・・」

「毎日剣心とこんなことやってんじゃねぇの?」



そう言って左之助はくっと薫の二の腕を掴みにかかると、そのまま自分の方へ引き寄せて
その小さな耳にふっと息を吹きかけた。



「///!?ひゃっ///;;」



するとどうしたことか。
薫の膝ががくんと折れて脱力そのまま、危うく地面に転びかけたところをすんでで左之助が受け止める。

身体中を駆け巡るおかしな感触に身を粟立たせながら、薫はぷうっと頬を膨らませた。



「げっ!悪い、嬢ちゃん。ちょっとやりすぎ・・・・だーっ!!!??」



顔を真っ青に染めた左之助が見たもの。
それは自分たちと少し離れたところで、凄まじいオーラを放ちながら異常ににっこりと微笑む剣心の姿だった。



「あっ、お帰りなさい!剣心。」

「ただいまでござる、薫殿。・・・左之、お主向こう三月ほど、私用で来れぬと言っていたのでは?」

「へ?」

「そうなの?」



思い当たるフシが無い。
いくら頭の中の引き出しを整理したところで、やはりそんなことを言った覚えは無く。
どういうことかと剣心に問いかけようとした瞬間、刹那の差で剣心が更に追い討ちをかけるかのように口を開いた。



「そうでござるよな?」



はっ・・・・・!!



「はい;;」



向こう三月ほど、私用で来れない
つまり、向こう三ヶ月立ち入り禁止。

剣心のヤツ・・・・;;



「じゃ…じゃあ、早速準備しに帰るわ。」

「おろ?昼飯は食べていかないのでござるか?」

「あ…あぁ。ちいーっとばかし、急ぎの用事なもんで・・・」

「左之。」

「ん?」

「三月と言わずとも・・・ゆっくりと行ってくるでござるよ。」



・・・・・コイツ。
この間ゆすった事も含めて、相当根に持ってやがるな・・・!!
何だその、すっきりした笑顔は!!
ちっくしょー!!!



































「なーに、変な左之助。急に顔色変えて帰っちゃうなんて。まぁ、いいか。剣心、ちょっと休憩…」



そう言って剣心の顔を見ると、その顔はいつもと少し違っていて。



「ふー。薫殿はどうしても拙者を怒らせたいようでござるな。」



もしや…怒ってる?



「え?」



そう言うと剣心は薫の身体をひょいっと持ち上げて、そのまま剣心の部屋の方向へ突き進む。
薫は何が何だか訳が分からずに身体をじたばたさせるが、それも剣心の前では何の抵抗にもならず。

まともな抵抗も出来ぬままに、木漏れ日の差し込む部屋の隅に折りたたまれた布団の上にゆっくりと身体を下ろされた。



「剣心、休憩は…」

「休憩は後でござる。」

「…怒ってるの?」

「分かっているなら、どうしてあんなことをする?」

「別に本意でやったわけじゃ…。」

「そのようなこと、百も承知でござるよ。」



なら、何故そんなに怒っているのか。
そう言いたいけど言い返せない、何とも言えぬ威圧感に押しつぶされ
薫の目線はじっと下を向いたままだった。

動く事も出来ず、ましてや剣心の顔を見ることなど尚更できず。
2人の間に、どんよりとした沈黙が流れる。

そんな中、剣心の動く気配がしたかと思えば、次の瞬間には剣心の唇が薫の耳を甘噛みしていた。



「・・・///!?なっ、剣し…っ。いきなり何・・・///」

「消毒でござるよ。ほら、触られたとこ見せて。」

「触られたとこって・・・ふっ///」



必死に押し返す薫の手を余所に、剣心はそっと薫の身体を布団の上に倒して、貪るように薫の唇を求める。
呼吸も侭ならないものの、しかしながらその動きに必死についていく薫。
そんな薫を見て剣心は嬉しそうに微笑んで、そっと薫から唇を離した。



「ふ…ぁっ///こんなとこ、触られてないのに・・・っ///」

「知ってる。そんな事をされていたら、拙者が左之を無事帰した訳が無いでござろ?」



怒っているのかと思いきや、目の前には嬉しそうにニコニコと微笑む剣心の姿。



「…っ///意地悪っ///・・・っあ///ちょっと!!そんなとこ触られてな…ぁっ///」

「ちゃーんと、拙者の機嫌はとってくれるのでござろう?
拙者、薫殿が思っているほど、出来た男ではござらんよ。」

「っあ…っ・・・///」

「目の前であんな光景を見せられて、何事もなかったかのように微笑むような
そんな寛大なものを持ち合わせてはおるまいて。」

「剣心、だ…めっ///;;」

「拙者の気がすむまで、ここで相手をしていただこうか?除菌も兼ねて。」







自分の下で揺れる黒髪と、耳に響いてくる甘い声

涙を浮かべて必死に拙者の着物の袖を掴む君を見て、こんなにも想いが湧き上がるなんて

そんなことを言ったら、君はいつものように真っ赤になって怒るだろうか。


でもこの年になって、あまり率直な態度は取れなくて

いつもこんな曲がりくねった形になってしまうけれど



既に決壊してしまった、君へのこの想い

さて、どうやって伝えよう?





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34000番を踏んで下さった奈々様に捧げます。
リクエストは『左之助+薫殿に緋村氏がヤキモチ!?』
2005.3.6