時に想いは深く沈みこむ-------------------------

それなりに真っ当な生き方をすれば、転ぶ事は無いと思っていた

しかし現実は糸のように細い橋の上を怯えながら歩いているだけで

そんな覚束ない足元―転がり落ちるは時間の問題

弱った花を手折ってしまうのは、至極容易い事で

傷ついた心を壊すのは、また至極容易い事であったのだ。










軌 跡










「・・・何か今日の剣心、感じ悪い・・・」

「・・・そうでござるか?至って普通でござるよ。」



相も変わらずおっとりとした口調の割りに、どこか素っ気無い声質。
いつものように向き合っていても、視線は明後日の方向。

自分でも嫌と言うぐらい分かっている。
こんな仕草、相手を益々不快にさせて、不安にさせてしまうだけだという事も。


「ねぇ、どうしたの?私何か悪い事した?」


そう言われる度に、この胸の怒りは沸々と騒ぎ出して


「いや、何も。」


心とは裏腹に、どうしても素っ気無い態度をとってしまう自分に尚更苛々する。


「お願い、何か怒ってるなら言って。これじゃあ、謝りようが無いわ。」


ならば、頼むから…俺の事は放っておいてくれ。


「本当に…何でも無いでござるよ。」


これ以上俺に口を開かせたら


「嘘!絶対そんな筈無い!」


きっと君を泣かせてしまう


「・・・だから、何でも無いと言っているでござろう!?」


あ・・・・


「・・・そう。」


やってしまった・・・


「・・・すまぬ・・・。」


怒りが一瞬のうちに、痛みへと姿を変える。
心の臓を細い糸でゆっくりと締め付けられるような、そんな感じ。


「わ…たし、道…場の・・・掃除してくるっ!」


ぱたぱたと走り去っていく音を聞き遂げて、懺悔のようにぽつりと呟いた。
”道場の掃除”は君がいつも逃げ出すときの台詞。

土間に色濃く残る、襞を押し広げたような小さな円の後。
鼻にかかった声。
泣いていた、泣かせてしまった・・・


「俺も…頭を冷やしてくるよ・・・」

























その衝撃はあまりにも唐突だった。







昨日夜中にふと目が覚めて、腕の中で眠る彼女の髪をそっと撫でた時、少し肌蹴た胸元に何やら白い布切れを見た。
寝ている彼女を起こさぬようそっと寝間着をずらしてみると、そこには右肩を覆うように丁寧に包帯が巻かれている。


また出稽古先で怪我をこしらえたでござるな・・・。


苦笑い交じりにそう思った次の瞬間、脳裏によぎったある疑問。


これは・・・誰が巻いたのでござろうか…?


利き手の肩ゆえ、自分でこれほどまでに綺麗に巻くのは相当困難な筈。
それ以前に例えこれが左肩であったとしても、あの薫殿がここまで綺麗に巻けるとは思えない。
だとしたら、これを巻いたのは・・・

出稽古先の…門下生?

となると・・・・当然男。







そう考えた瞬間に、身体の中に黒い塊が命を宿した。
その塊はどんどん身体中の陰気を取り込んでこの細い身体に巣食う。

他の男に肌を晒してもこんなに心地の良い寝息を立てられる薫殿を見ると、泣きたく成る程歯痒くて。
それでもやはり、どうしようもなくいとおしくて

眠ることの出来ない夜を越えて、何とも言えぬ気だるい朝を迎えたのだった。





低血圧ゆえ朝に弱い薫を温もりが僅かに残る布団に残して、剣心はそっと家を出る。
向かう先は街中のある一画にある、ゴロつき長屋。


「剣心!どうしたんだ?こんな朝っぱらから。」


早朝からの珍しい来訪客に驚きながらも、やはり剣心の訪問は素直に嬉しいようで。


「すまぬな弥彦。こんな朝早くから・・・」

「いーってことよ。それより何か用があったんじゃねーのか?」

「あぁ、実は・・・・」













やはり睨んだ通り。

薫殿に包帯を巻いたのは、出稽古先の門下生であるらしい。


しかし肩に打ち込まれてから直ぐ、その門下生に連れられて処置室に篭ってしまったらしく、
弥彦も詳しい事は知らぬという。






ならばその門下生を直々に尋ねるまで。






弥彦の長屋を後にして、その足で前川道場に向かう。

前川道場では既に早朝稽古が始まっているようで、
庭先では走り込みを追えたばかりの門下生たちでひしめき合っていた。


「そういやお前、昨日薫さんと処置室で何やってたんだよ。」

「何って・・・肩の手当てだよ。」

「本当か?それにしちゃー、えらく時間かかってたなぁ。おい。」

「美味しい役取りやがって。俺も薫さんの手当てしてみてー」





果てしなく好き勝手に繰り返される、下衆共の会話。

会話の内容に怒りが込み上げるどころか、呆れ返ってその気にもならない。






それから家へ戻り、薫殿と朝餉を食していたが・・・
普段と変わらぬ薫殿の様子に再び、忘れた筈の怒りが蘇った。

それから後は先程の通り、薫殿に八つ当たりをして、怒鳴って、泣かせて

自分がやっていることは滅茶苦茶だ。
どうしてこうなってしまう?
ただただ、大事に…大事にしたいだけなのに。



深く底の見えない暗い井戸に向かって、どんよりとした気を吐き出した。





ざっ・・・



小石を踏みしめる音。
驚いて、後ろを振り返る。



「あ・・・」


「ごめんなさい、私どうしても分からないの・・・。剣心が如何して怒ってるのか…分からなくて…」


下を向いたまま、読めない表情。
しかしながら、声は変わらず震えていて


ビュォォォッ・・・・


一段と強い風が吹く。
まるで懺悔を遮るかのように。


風に乗って薫殿の目尻の雫がふわりと零れ落ちると
その表情に、またこの胸はきゅっ…となる。


「剣心が怒ってると…ヤなの…っ。悪いところあったら、治すから…っ、何でもするから…っ。
 お願い・・・私のこと、嫌いにならないで…っ!」

「そ・・・んな・・・」





何かが音を立てて切れた



喉が渇く

視界が霞む

薫殿の手を引いて、その小さな身体を居間へ押し倒した後の記憶は実に淡々とした物だった。



激しく君の身体に喰らいつく俺の頭を、何も言わずに慰めるようにただひたすら撫でた君。

君が気に入っている着物を皺だらけにして無理矢理足を開かせても、優しく背中を撫でる君。

目に涙を浮かべながらも、いつもの笑顔を見せた君。



「っあ・・・」



引き攣った声が湿った部屋に響いた瞬間、不意に如何しようも無いほど泣きたくなった。


「薫・・・殿・・・」





「・・・や…っと、名・・・前…呼ん、でく…れた・・・」





優しい優しい笑顔。

その時、気付いた。

自分は薫に一生懸命愛されていたということを。

確かな繋がりが無くて、頼りない気持ちなど信じられなくて
自分がそうであったから、他人もそうだと信じて疑わなかったこんな自分を。

確かに薫は愛してくれた




「薫・・・、薫殿・・・っ」






君はこんなにも優しい女【ひと】だったんだ・・・




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またまた桜さまに、30000番もらっていただきました!
リクエストは『嫉妬に狂い気味な剣心v微エロ仕様でvv』

2005.2.13