「薫さんはおられますか?」

そう言って尋ねてきたのは、いつも世話になっている前川道場の門下生だった。





素 直 に な れ な く て





確か年は20で、名前を青山…とか言ってたっけ。
とにかく、風呂場の掃除をしていた俺は聞き覚えのある声につられて、玄関を覗きに行ったんだ。
そして、思わず隠れてしまった。

青山の応対をしていたのは剣心だった。
いや、そこまでは別に何もおかしくない。
アイツはある意味で、この家の主みたいなモンだし。
それに、いつも来客の応対をするのは、たいていアイツだ。

ただ……
今の剣心の様子は、明らかにおかしい。
俺の位置からは背中しかみえないけれど、断言できる。
背中が笑ってない。

ほら、青山も顔が強張ってんじゃねーか。
素人をあんまり追い詰めてやるなよ。
というか、青山は知らなかったっけ。
うちの家には、青山が逆立ちしても側転しても宙返りしても勝てるはずがない男がいること。

まぁ……、青山は薫しか見えてなかったんだろうな。
青山が薫のことをそういう風に見ていたのは、肝心のヤツ以外にはバレバレだったし。
っつーか……
薫のヤツ……、あんなんでもマジで人気があるんだよなぁ……。

ま。
ここで俺が何事もなかったかのようにあいつらの前に出て行けば、青山は危機を脱出できるわけなのだけれども。
正直、俺そんなに青山に良い印象持ってないし。
青山がどうなろうと、知ったこっちゃないし。
ついでに、とばっちり食うのは、真っ平ごめんだし。

“触らぬ神に祟りなし”ということで、俺は風呂掃除を再開することにした。


* * *


「弥彦ー!」
「んー?」

風呂掃除が終わり、濡れた手を手ぬぐいで拭いていたら、名前を呼ばれた。
さっきのことがあったものだから、内心落ち着かぬまま声のした方に向かう。
が、通りすがりにちらりと覗いた玄関に、青山の姿はもうなかった。
靴が置いてあるようでもないし、どうやら帰ったらしい。

「薫殿の客人が饅頭を持ってきてくれたでござる。風呂掃除の御褒美でござるよ。」
「ば、ッか!子ども扱いすんな!!」
「おろ。失礼。」

一見したところ普段と変わらず、にこにこと穏やかな剣心だ。
しかしながら、あんなことがあった後。
この笑顔もどこか嘘くさくて、素直に受け取ることができない。

というか、剣心は……
薫の事が気になってるから、青山相手に冷ややかな空気を纏ってたんじゃなかったのか?
あんな風に感情を表に出すなんて、珍しいことじゃねぇか。

「弥彦。」
「あ?」
「さきほどの客人、前川道場の門下生だそうだ。」
「へー。」
「もしかしたら、弥彦の知り合いでござったかな?」
「さーあなー。」
「せ、拙者、引き止めるべきで……」
「気になンの。青山のこと。」

あ。
結構言葉を選んだつもりだったのに、思いがけずきわどい所を打ち抜いてしまったらしい。
剣心の眉が、わずかながらピクっ……て。
多分本人も気づいてないだろうけれど、眉が一瞬引きつった。

「そんなこと、はないでござるよ。ただ……」
「そっか。」
「…………」
「剣心は食わねぇの。饅頭。」
「え?あ、拙者は……薫殿の、帰りを、待とうかな……と」
「ふーん。」
「…………」
「誰が見ても、薫一直線なやつだよ。」

あ。
今度は表情が固まった。
ほんの一瞬だけど、固まった。
何だよ、やっぱり気になるんじゃねぇか。

「い、やぁ!薫殿は人気者でござるなぁ!」
「頼むからもうちょっと上手く取り繕ってくれ。」

でないと、俺の中の絶対的な剣心像が崩れていく。

「いや……、その、秋山殿は」
「青山」
「あ、青山殿は……どのような」
「……普通。可もなく、不可もなく。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと突っ走りそうだなー……っていう感じはある。」
「突……!?」
「何か……、追い詰められたら何するか分かんねぇなぁ……っていう。」
「…………」

まぁこれは何も、青山に限ったことじゃないけれど。
というか、何かみんなギラギラしてるんだよなぁ……あそこの門下生って。
俺がいると露骨に残念そうな顔しやがるし。
正直あんなやつばっかりだったら、薫といえど心配になるっつーの。

「ま、薫のことだ。大丈夫だろ。」
「いやいや、薫殿は女性でござる。」
「……んー、街中で青山とばったり出くわしてなけりゃ良いけどな。薫が。」
「…………」

薫は朝から妙のトコに行くって言ってたっけ。
前川道場と赤べこは正反対だから、青山が超能力者でもない限り薫と出くわすことはまずないわけで。
それは剣心も十分分かっているはずなのに……、何か出かける準備してますけど!?

「……俺、昼から赤べこ行くから。」
「す、すまぬ。ちょっと……、すぐに帰ってくるから、留守番をよろしく……。」

そう言って慌てて飛び出して行った剣心の背中を見送りながら、畳の上に寝転がる。
というかさ、剣心に冷気当てられてもめげないと言うのなら、俺はちょっとだけ青山を見直す。
それに、薫が剣心以外の男に隙を見せるかよ。
前川のやつらだって、いつもそれで苦労してるってのに。

「どんくせー」

というか、さ。
くっつけばいいのに。
さっさと。





>>  (*´艸`)だってさ、薫殿出てないし!
2010.03.04

100000番、モモ様にいただいたリクエストです。
本当に、長らくお待たせいたしました。
ノンセクション!ということで、水月の趣味丸出し…いえ、初心に戻ってちょっとにやにや系(?)のお話。

両想いのくせにモジモジしてたら、周りはむきゃー!ってなるよね。
左之介に話を振られても平気で流せるのに、弥彦が相手だとしどろもどろになる緋村氏が書きたかっただけです。
あ!題名はシカゴの有名な曲の名前をお借りしました。(いいかげんすぎる)